神楽坂編(1):同潤会上野下アパート(08.5)

 昨年五月のとある土曜日、山ノ神を供奉して都内散歩に行ってきました。旅の杖は「大人のための東京散歩案内」(三浦展 洋泉社COLOR新書)、今回はまず最後の同潤会アパート・上野下アパート、そして神楽坂、もし時間と体力が余り山ノ神の機嫌がよろしければ赤羽も訪れてみるつもりです。持参した本は「愛蘭土紀行Ⅰ」(司馬遼太郎 朝日文庫)です。

 JR上野駅で地下鉄銀座線に乗り換えて一駅目、稲荷町で下りて、すぐ北側にあるのが同潤会・上野下アパートです。(台東区東上野5-4-3) 東京に残された最後の同潤会アパート、しかとこの眼に刻んでおきましょう。なお同潤会についての詳細は、西荻窪編をご参照ください。清洲橋通りを少し歩くと、その偉容がすぐ目に飛び込んできます。路地を入っていくと、鉄筋コンクリート造四階建てアパート一棟の全容を見ることができました。スクラッチ・タイルで飾られた門柱は珍しいですね。入口は三か所、建物と塀の間の空間は狭く、また中庭等もありません。狭い敷地にぎゅっと押し込まれているような印象を受けます。手押しポンプによる井戸もありましたが、もう現役ではないようです。
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 竣工は1929(昭和4)年なので、外壁の傷みはかなり進んでいます。なお最上階が張り出しているのは、独身者用の部屋が廊下をはさんで並んでいるからだそうです。建物の脇には今はもう使われていないダスト・シュート、当時は最新式の設備だったのでしょうね。
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 入口には居住者の名が、表札にまとめて記されていました。
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 それでは清洲橋通りから眺めてみましょう。窓の配置から推測すると2~4階はそれぞれ四戸からなっているようです。一階部分は床屋・クリーニング屋・飲食店。床屋入口の床のタイルがかなり古いので、これは当時のものではないかな。右手の路地に入ると、寿湯という銭湯がありました。同潤会アパートの中には共同浴場もあったと聞いておりますが、こちらはそうではないようですね。懸魚に彫られた鶴の彫り物がなかなか見事です。
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 そして周囲を一周して再び正面入口へ。あらためてしげしげと見てみましたが、とりたてて特筆すべき意匠ではありません。しかし震災で傷ついた人々を潤すための良質な集合住宅、紛うことなき記念碑的物件です。実際に住んでおられる方々は、老朽化への不安や、内部空間の狭さなどを理由に建て直しを望んでおられるでしょう。しかし、内部の全面的な補修・改装、および構造を補強するなどして、何とかして保存ができないものでしょうか。かつて民衆の福利を本気で考えていた官僚もいたという証にもなると思うのですが。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2009-01-28 06:12 | 東京 | Comments(0)
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