長瀞・寄居・小川・岩槻編(10):小川(08.7)

 本日は薄日がさす曇天、昨日ほどの暑さにはならずにすみそう。まずは小川へと向かいましょう。ホテルから川越駅方面に歩いていると、「その勇気一番怖がる暴力団」という立看板を見かけました。あれっ其処許とはいつか出逢ったことがあるのお… デジャヴ… うむ、三年前の川越旅行だ! その時は片脚が折られボコボコに凹み、にもかかわらず針金で自らを電柱にしばりつけ不退転の決意で屹立していた記憶があります。市民の支援でリハビリをしたのか、はたまた父の遺志を継いだ二代目か。この国から、暴力団や、(もっとたちの悪い)政財界に蔓延る暴力団まがいの組織を消滅させるまで頑張ろうと、固く握手をかわしました。そして川越駅から東武東上線に乗って40分ほどで小川町駅に到着。
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 このあたりは、中世の頃、鎌倉幕府の要人・比企能員(ひきよしかず)の領地で、旧鎌倉街道も通っていました。古くから和紙の産地として知られ、それにひかれたのか万葉集研究家の仙覚もこの地で活躍したそうです。ホームにおりると、七夕飾りがお出迎え。来週の土日に七夕祭りが催されますが、六十周年ということなので敗戦後に(仙台七夕をまねて?)始められたようです。いつものように駅の時刻表を写真におさめ、観光案内所を求めて外へ出ると…………ない。眼前に「おがわ情報館 壱押屋」という店があり、こちらが案内所を兼ねているようですがまだ開店していません。弱ったなあ。
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 駅の窓口で小川の観光地図を所望すると、「ありません」というつれないお返事。参ったなあ。貸し自転車もなし。困ったなあ。地図がないことには、亀のにこごり。こういう時は最後の手段、郷土資料館に行けばたいてい入手できるのですが、それもなし。あじゃぱあ! ♪あたたかい人の情けも知らないで育った僕は…♪と口ずさんでもしょうがない、持参したガイドブックによると少し離れたところに伝統工芸会館があるので、バスでそちらに行ってみましょう。バスにゆられて十分ほどで到着、こちらには地図入り観光パンフレットがありました。和紙漉きや埼玉県の伝統工芸に関する展示を拝見した後、ロビーでパンフを見ながら一人作戦会議。
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 ここから里山に沿って、西光寺、カタクリとオオムラサキの林、高西寺、円城寺と歩けば駅にたどりつけることがわかりました。伝統工芸会館の裏手にある道をしばらく歩き、槻川にかかる大寺橋を渡ると路傍に六地蔵がたっています。
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 正面にあるのが西光寺、威風堂々とした楼門+鐘楼がお見事です。その近くには「気をつけて危険安全紙一重」という交通標語がありました。小川名物の和紙にかけたのでしょう、うまいっ、座布団一枚。
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 門前を右手に進むと、カタクリとオオムラサキの林。日本の国蝶であるオオムラサキがもっとも多く生息するのが、ここ小川町だそうです。もちろん私は未見、もしや邂逅できるかな、という♪こーいのよかん♪に小さな胸をときめかせながら坂道を上っていきました。里山の斜面一帯にひろがる雑木林の中に休息所があり、その一角が小さな資料館になっています。中に入るとそれはそれは美しい紫色の羽をもつオオムラサキの標本が展示してありました。うううううむ、これはぜひご本人に直接会いたいな、会えるかな。ここから林の中を抜ける気持ちのよい遊歩道が続きます。クヌギの木も多いので、カブトムシがいっぱいいそう、捕虫網をもった親子連れにも出会いました。しかし肝心要のオオムラサキは見かけませんでしたね、ま、「そううまくはいかの○○○○」でしょう。いつの日にか"経済成長"という悪夢からわれわれが覚醒し、里山の自然が再生する時を楽しみに待ちましょう。でも鳥の声や清涼なフィトンチッドに包まれた至福の時をしばし過ごすことができました。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2009-02-18 06:15 | 関東 | Comments(0)
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