長瀞・寄居・小川・岩槻編(14):岩槻(08.7)
 それでは地図を片手に岩槻の町を彷徨しましょう。郷土資料館の裏手に日光街道と並行する道が、かつて町人の居住地であった新町通り。残念ながら往時の雰囲気はまったく感じられません。ガイドブックによると、岩槻では魔除けのために屋根に鍾馗像をのせる風習(「瓦鍾馗」)があるとのことですが、二軒しか見かけませんでした。単なる私の注意不足か、はたまた廃れてしまったのか。

 しばらく歩くと武士の居住地であった裏小路、こちらには遷喬(せんきょう)館があります。岩槻藩に仕えていた儒者・児玉南柯(なんか)(1746-1830)が開いた私塾で、後に藩校となったものです。畳を敷き詰めた教場の凛とした佇まいに、教育にかける彼の思いを感じることができました。なお"遷喬"とは「詩経」の一節、「出自幽谷 遷于喬木」に由来したものだそうです。その意は、「学問を欲し友を求める」ことを「鳥が明るい場所を求めて暗い谷から高い木に飛び遷る」姿にたとえたもの。ええなあ、低きに甘んじず高きをめざす、銘肝しましょう。またしばらく歩くと、サッカーボールを模したマンホールの蓋をゲット。全国十八万人のマンホールの蓋ファンには朗報です。(どこが)

 そしてこの道のどんつきにあるのが「時の鐘」、今でも朝夕六時に元気に時を告げているそうです。なお鐘は1720(享保5)年に鋳造、鐘楼は1853(嘉永6)年(ペリーが来た年だ!)に作られたとのこと。「時の鐘」の前を走るのが日光御成街道、ここを左に進むと日光街道と交わります。岩槻駅方向に歩いて行くと、「おばさん!! 猫にえさをやらないでね」という注意看板を見つけました。全国千八百万人のファンを代表して叫びたい、「えさぐらいやってもいいじゃん」と。(そばにいる山ノ神は「猫のうんちとおしっこの匂いが嫌」とぶつくさ言っておりますが) それにつけても「おばさん」という呼びかけが気になります。日々このポイントに出没する特定の「猫のえさやりおばさん」がいるのか、はたまた岩槻のおばさんには猫を可愛がる方が多いのか、どちらなのでしょう。どちらにしても全国百八十人のおばさんファンの一人としてyellを送りたいですね、ぐぅうわんばれおばさん!

 駅前にある人形メーカー東玉のビル四階に「人形の博物館」があるというので寄ってみましたが、あまり充実した展示ではなく、ちょっと期待はずれ。さてそれでは大宮から埼京線に乗って、帰ることにしましょう。

 本日の二枚です。

by sabasaba13 | 2009-02-22 07:11 | 関東 | Trackback(1) | Comments(0)
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