「若者のための政治マニュアル」(山口二郎 講談社現代新書1969)読了。思わず、快哉!と叫びたくなります。若者に限らず、今、私たちにとって最も必要な本が上梓されました。「(著者曰く)一握りの強者のみが得をし、普通の人を踏みつけることに何らのやましさも痛痒も感じないエリートが跋扈する社会」を現前させた張本人の小泉元軍曹がのうのうと発言力を保持し、その一挙手一投足にむらがるマス・メディア。なんと御目出度い国なのでしょう、ここまでくると天晴れですね。こうした御仁に騙されないための教養・知性・スキルこそ、学校教育において若者に習得させるべきなのに、「政治経済」は退屈な暗記科目に堕している。その背景には、若者を保守化させ政治に無関心にさせ、反体制運動から遠ざけようとする文科省の役人や自民党の文教族の政治家の意図がある、というのが山口氏の問題提起です。よって本書を執筆した動機は、ずばり、権力者の行動を看破できるスキルを若者たちに示そうというもの。その意気や良し、私も多くのスキルを教えていただきました。
権力者の嘘を見抜き騙されないために必要な十個のルールを章立てするという構成で、その見出しは「生命を粗末にするな」「自分が一番―もっとわがままになろう」「人は同じようなことで苦しんでいるものだ、だから助け合える」「無責任でいいじゃないか」「頭の良い政治家を信用するな」「あやふやな言葉を使うな、あやふやな言葉を使うやつを信用するな」「権利を使わない人は政治家から無視される」「本当の敵を見つけよう、仲間内のいがみ合いをすれば喜ぶやつが必ずいる」「今を受け容れつつ否定する」「当たり前のことを疑え」というもの。わかりやすい言葉と物言いで、若者たちの目を政治へ向けてもらおうという著者の真摯な思いがひしひしと伝わってきます。一読して痛感したのは、権力者の発する言葉やイメージを簡単に信じたり振り回されたりせず、知性と理性を駆使してその当否を判断することの重要性です。例えば、ステレオタイプ(部分的にしか知らない事物を理解、解釈するために用いる固定化されたイメージ)や「流行語」に注意すること。前者の例としては、「公務員」=ただ飯食い、というステレオタイプを造り出し利用して郵政民営化を実現させた小泉元軍曹の手口。後者の例としては、日本の経済の構造とはいったい何なのか、それをどのように変えていくのか、一度も体系的な説明をしたことはないのに、「構造改革」という流行語を煙幕代わりに駆使して、社会保障の破壊や低賃金非正規雇用の全面拡大という身も蓋もない改革を行った(これまた)小泉元軍曹の手口。 そして、何が壊れているのか、何がまだ使えるのかを点検せず、またきちっとした調査や分析を行わずに、官僚・政治家が声高に景気良くぶちあげる"改革"も要注意です。例えば、少年による凶悪犯罪が起こると、道徳教育・武道の必修・愛国心の涵養を叫び、学力の低下が話題になると、学校間における競争原理の導入・教員免許の更新制度・小学校における英語教育の必要性をわめきたてる文科省の官僚たち。本当に凶悪犯罪が増えているのか、また本当に学力が低下しているのか、そうだとしたら真の原因は何なのか、それに関するきちんとした分析・検証はされているのでしょうか、疑問です。これは私見ですが、自分が仕事をしていると見せかけて、地位と予算を保持し続けることだけが目的なのではないかな。なお、医療の世界では、証拠や根拠に基づいて病気の原因を突き止め、それに見合った治療をするエヴィデンス・ベースト(evidence-based)という発想が基本となっており、社会の病理を治す場合にもこの発想が必要であると、著者は指摘されています。 また研究者としての立場からの、戦後日本における政治への鋭い分析も随所にちりばめられ、大変参考になりました。一つだけ引用します。 弱者を保護したり、地域間格差を是正したりすることで、人々の雇用や生活にかかわるリスクをカバーすることは重要な政策であるが、日本ではその目的を達成する手段として、公共事業が多用された。また、小売業、金融、輸送など様々な分野で、官僚による「護送船団方式」と呼ばれる行政指導が行われ、弱い企業が落ちこぼれることのないように業界保護が進められた。このようにして、リスクを社会化して、平等な社会を作ることに、ある種のうさんくささがつきまとうようになったのが、戦後日本の特徴である。(p.63)なるほど、弱者を保護したり、地域間格差を是正したりしようとした官僚たちの意図は真っ当だったけれども、そのうさんくさい方法に問題があったわけだ。ま、今ではそれすらきれいさっぱり捨ててしまったようですが。 本書を読んで、一番心に残ったのは次の一文です。「財源の算段をするためにこそ官僚がいるわけであり、政策の目標を定めることは、官僚ではなく政治家しかできないのである」 そうだよそうだよソースだよ、高い志を政策として掲げるのが政治家の役目、知恵をしぼって遣り繰り算段をしてそれを実現するのが官僚の役目、そして志高い目標を提示する政治家を選ぶのがわれわれの役目。こうして見ると、今の日本で政治が劣化し機能不全に陥っていることがよく納得できます。選挙と利権にしか関心のない政治家たち、地位と予算を維持するためにいいかげんな改革を推し進める官僚たち、そして政治を無視し(政治に無視され)選挙にすら行かない国民。 絶望は愚か者の結論、若者に限らず多くの方々が本書を読んでくれれば、社会を変える最強の武器=民主主義を駆使することは可能だと信じます。瑣事に関する小手先のスキルではなく、社会を変えるビッグなスキルをみんなで身につけませんか。♪みんなで力を合わせて素敵な未来にしようよ♪ 追記。もし読者の中に「若者」の方がいらしたら、耳を貸してください。なぜ自民党・公明党政権が若者に対して冷酷・冷淡なのか、本書を読んで納得、目からウロコが落ちてコンタクトレンズがはまりました。答え。選挙の際、票に結びつかないから。うーむ、絵に描いて額縁に入れ鑑定士の永井龍之介さんから真作のお墨付きをもらったような悪循環だ。
by sabasaba13
| 2009-02-24 06:05
| 本
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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