アイルランド編(29):ラフカディオ・ハーンの家(08.8)

 朝目覚めると、太陽の光が窓から差し込んでいます。Here comes the sun ! Sun king ! Good day sunshine ! 「アイルランドは雨でなくちゃいけねえ」と"引かれ者の小唄"を唄っていたわれわれですが、やっぱり晴れてほしいというのが本音。いつもにまして気合を入れてアイリッシュ・ブレックファストを腹に詰め込み、荷物をフロントに預け(本日はキラーニーへの移動日)、いざジョイス博物館へ出立です。おっと、その前に見ておく物件がありました。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が少年時代を過ごした家が、税関近くのガーディナー通りにある「タウン・ハウス」というB&Bとなって残っているという情報を得ました。鉄道のガードをくぐるとすぐに発見、看板の中央には松江でもよく見かけたハーンのあの懐かしい後姿があります。壁には "THIS GEORGIAN RESIDENCE WAS THE BOYHOOD HOME Lafcadio Hearn"という記念のプレートが掲げてありました。
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 彼についてすこし紹介しておきましょう。ハーンの父はアイルランド人ながらギリシアに駐屯していたイギリスの軍医で、生母はギリシア人でしたが、離別します。幼いハーンは父方の大叔母にあずけられ、4歳から13歳ころまでダブリンで(たぶんこの家で)暮らすことになりました。熱心なカトリック信者である彼女は、ハーンを神父にしようと厳しい教育としつけをしましたが、これがかえって彼をキリスト教から遠ざける結果となります。またハーンは極度に臆病・神経質で、よく夢のなかでお化けのようなものを見たそうです。大叔母はそれを知ると、矯正のために彼を灯火のない部屋に一人寝かせるようにしましたが、これが逆効果となってしまったようで、この部屋で夜を過ごすと、お化けが現実にあらわれたと彼自ら語っています。これは司馬遼太郎氏が「愛蘭土紀行Ⅱ」(朝日文庫)で指摘されているのですが、そうした幻視は、もちろん彼個人の資質も大きく影響しているでしょうが、彼の精神に脈打つ遺伝子とも言うべきケルト的心性の存在も見逃せないのではないか。古代ケルト人は、霊魂の不滅を信じ、動植物の姿をとる神々を崇拝し、樹木、森、泉を神聖視したそうです。そうした信仰を支えたのがドルイドとよばれる司祭で、語源は「オーク(落葉広葉樹のナラ)を知る者」、たくさんのやどり木を寄生させるオークの木が豊穣の象徴として特に崇められたそうです。アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックおよびその後の布教者たちは、こうした汎神教的土着信仰に寛大で、ドルイドの神々は抹殺されずに妖精として生き残ってきました。自然を神聖視し、その背後に小さな神々(妖精・精霊・お化け)を感じ取るケルト的心性が、ハーンをして幻視体験に導いたと思えますね。そして同じく汎神教的土着信仰に満ち満ちた国・日本に出会い、彼の心性が共鳴して『怪談』として結実することになった…
 プレートにはこういう一文がありました。"THE CELTIC SPIRIT OF VAGUE UNREST AND A REACTION TO WESTERN MATERIALISM HIM TO JAPAN IN 1890." 拙訳すると「西洋の物質主義に対して漠然とした不安と反発を感じるケルト的精神が、1890年に彼をして日本へと向かわせた」ということでしょう。こうしたことを思い浮かべながらハーンの作品を読み返すと、新たな発見や魅力に出会えるかもしれません。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-04-15 06:07 | 海外 | Comments(1)
Commented at 2014-03-11 19:18 x
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