アイルランド編(61):キルメイナム刑務所(08.8)

 さて、それではキルメイナム刑務所へと向かいましょう。歩いていると、ホップオン・ホップオフという乗り降り自由のダブリン市内巡回観光バスがひっきりなしに走り過ぎて行きます。オープン・エアの二階建てバスなので眺めも良さそう、時間があったらこれに乗って市内を一周したいのですが、ちょっと無理かな。リフィ川を渡りヒューストン駅の前を通って、ガイドブックによるとここから徒歩七分ほどで着くはずです。着くはずです。着くは… 見つからない… 例の如く観光案内の道標も地図も見当たりません。たまたま犬の散歩をされていた地元民らしき初老の男性に訊ねると、にこやかに道の西方を指さして「ひたすらこの道を歩いていきなさい」とのお答えです。観光ずれしていないがために案内標識が少ないのかなと愚考するとともに、道に迷ったら地元の人に訊ねれば親切に教えてくれるよ、ということなのでしょう。イニシュモア島のように、地元の方が見当たらないと閉口しますが。言われたとおりに二十分ほど歩いたでしょうか、やっとのことで刑務所以外のなにものにも見えない外観の、威圧的な石造りの建物にたどりつきました。
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 ここキルメイナム刑務所はフランス革命やアメリカの独立戦争に刺激を受けアイルランド国内で国家主義者による反乱の気運が高まった1796年に建てられました。その後、ユナイテッド・アイリッシュメン、青年アイルランド党やフィニアン運動などの反乱、イースター蜂起の指導者など、1924年に刑務所が閉鎖されるまで約130年の間に10万人以上を収容してきた刑務所です。建物は石灰岩で作られたため、雨の日には水がもれ、湿気と冷気によって収容者のほとんどが健康を害したそうです。閉鎖後老朽化するまま放置されていましたが、もと収容者など有志が民族運動の記念碑としてこの建物の保存運動を始め、1984年に博物館としてオープンしました。なお見学はガイド付きツァーのみで、入場料を支払って中に入り、ツァー出発の呼び出しがあるまでしばらくの間付属の資料館を拝見しました。放送による呼び出しが流れ、所定の場所に集合、女性のガイド氏に引率されたわれわれ二十名ほどは刑務所の中に入っていきます。まずはチャペルで、この刑務所の歴史に関するビデオが上映されました。ちなみに、このチャペルは、イースター蜂起のリーダーの一人であったジョセフ・プランケットが処刑の数時間前に、同じく収監されていたグレイス・ギフォードと結婚式を挙げたところです。英国の兵士が銃をかまえる中で誓約が読まれた直後に二人は引き離され、処刑の直前に、たった10分間だけいっしょにいることが許されたというエピソードがあるそうです。
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 そして時々立ち止まっての解説をまじえながら、見学がはじまりました。薄暗くじめっとした所内は空気が澱み、アイルランドが歩んできた辛苦の歴史の重みに押し潰されそうです。房のいくつかには収監された人びとの名を記したプレートがありました。James Connolly, Thomas MacDonagh… 覗き穴から房内を見ると、息の詰まるような狭い空間と、壁の上部に開いた小さな窓、そこから注ぎ込む眩い光。蜂起のリーダーたちはどんな思いであの光を見つめていたのでしょうか。
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 そして吹き抜けになっている広い空間へと着きました。中心部がガラス窓となっている天井から光がふりそそぎ、監視棟を中心に房が半円形・放射状に配置されています。これはイギリスの功利主義哲学者、ジェレミー・ベンサムが考案した囚人監視、パノプティコン(一望監視施設)ですね。看守から囚人は見えるが、囚人からは看守が見えない、その結果囚人は常に監視されていることを意識せざるを得ない。そして囚人は自分を監視する"看守"を自己のうちに形成してしまうので、看守の人数は少数ですむ(場合によってはいなくてもよい!)。ミシェル・フーコーが『監獄の誕生 監視と処罰』(新潮社)でこのシステムを取り上げ、監視によって規則を内面化させ従順な身体をつくりだすという近代社会の原理の象徴として分析したのは周知のことですね。そして監獄だけではなく、軍隊、学校、工場、病院といった近代に登場した組織も、この原理に基づいてつくられていることも忘れないようにしましょう。で、ふと思いついたのですが、携帯電話もある種のパノプティコンではないのか。ただしそれは一望監視ではなく、監視する主体と監視される客体がめまぐるしくいれかわり区別がなくなるネットワーク型監視。だとしたらこれはきわめてストレスがたまるシステムですね。これまでとは違うタイプの犯罪が増えているような気がするのですが、これが原因だと言ったら穿ちすぎかな。なおこのパノプティコンは明治村の金沢監獄中央看守所・監房(1907)で見ることができます。蛇足、近代日本において、明治期の主な監獄を一手に引き受けて設計し監督した人物は山下啓次郎、誰あろうジャズ・ピアニスト山下洋輔氏の祖父にあたる方なのですね。[「建築探偵 東奔西走」 p.32 (藤森照信 朝日新聞社)]
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 高い塀と建物の壁で囲われた中庭に出ると、ここで処刑されたイースター蜂起の指導者たちの名を刻んだプレートがありました。塀の前にある小さな十字架の一つは、ジェームズ・コノリーがここで処刑されたことを示しています。そしてここでツァーは終了、なかなか見ることができない刑務所内部の見学に加え、アイルランド近代史の重みも知ることができた貴重な一時間でした。
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 本日の三枚、一番下の写真がコノリーが処刑された場所です。
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by sabasaba13 | 2009-06-09 06:11 | 海外 | Comments(2)
Commented by ETCマンツーマン英会話 at 2013-11-11 23:16 x
sabasaba13さん、こちらのページのご紹介ありがとうございます。

キルメイナム刑務所、なんとも凄い場所ですね。写真から伝わってきます。実際現地にいらっしゃって、その場に漂う気はただならぬものがあったのではないでしょうか。

写真を見て驚いたのが映画『マイケルコリンズ』のコノリーの処刑のシーンは、まさにこの場所で撮影したようです。

貴重なお写真ありがとうございました。
Commented by sabasaba13 at 2013-11-19 18:43
 こんばんは、ETCマンツーマン英会話さん。キルメイナム刑務所は、もう言葉にできないほどの凄絶な場所でした。アイルランド独立運動の闘士たちの叫びや呻きが聴こえてくるような気がしたのを覚えています。
 はじめて知ったのですが、その一人であるマイケル・コリンズを描いた映画があるのですね。ご教示いただき、感謝しております。『麦の穂をゆらす風』とともにぜひ見ようと思います。ありがとうございました。
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