東京の奉安殿編(8):箱根病院(08.9)

 後日談。たまたま箱根に行く用事があり、その帰りに奉安殿が残されているという箱根病院に寄ってみました。箱根湯本から小田急に乗って二つ目の駅、風祭駅で下車したところ、北側すぐ目の前の高台にあるのが立行政法人国立病院箱根病院です。T字路の正面にある階段をえっちらえっちら上ると、池の脇にある繁みの中にたしかに奉安殿がありました。銅製の切妻屋根に、鉄筋コンクリート製の社殿、固く閉ざされた扉は妻入りとなっています。残念ながら柵に囲まれており、立入りは禁止のようです。小耳にはさんだ情報では、かつて陸軍病院だったということ、病院に奉安殿があるのも納得です。
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 次の列車まで多少の時間もあるし、何かありそうなそこはかとないオーラを感じましたので、付近を探索することにしました。すると案の定、奉安殿の右のほうにモルタル+下見板張りで小さな尖塔のある二階建ての白い洋館がありました。しかも立派な車寄せも設置されています。さらにその向かいにも平屋の白い洋館。これは何か曰くがありそう、陸軍の高級将校を迎えるための施設かなと想像しました。
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 帰宅後、インターネットで調べてみると次のようなことがわかりました。箱根病院は現在、脊髄損傷患者専門治療機関として有名ですが、アジア・太平洋戦争前から続く戦傷脊髄患者の療養所として長い歴史を持っています。日中戦争の開戦後(1937~)、傷痍軍人が急増しその中でも特に重傷者がここに入所したそうです。二階建ての洋館は、傷兵院旧本館で1936年に完成。傷痍軍人のうち重傷(症)患者を受け持ち、現在では病院職員の休憩室や更衣室として利用されているとのことです。向かいの平屋の洋館は同時期に竣工した講堂。また西へ数分歩いた森の中には一般の入院患者と元傷痍軍人を分離するための西病棟がそのまま残っていますが、これは見逃しました。
 それにしてもあまりに目立つ優雅で瀟洒な建物なので驚きました。天皇および国家のために戦い重傷を負った兵士を顕彰し、こんなに素晴らしい施設で治療を受けているのだと人々にアピールする目的もあったのかもしれません。「病の社会史」を考察する上で、戦前の古い病院探訪も興味深いですね。それほど数は残されていないとは思いますが。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2009-06-25 06:10 | 東京 | Comments(0)
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