「建築史的モンダイ」

 「建築史的モンダイ」(藤森照信 ちくま新書739)読了。これまで日本の近代建築研究一筋であった藤森センセイが、その研究対象をワールド・ワイドに広げつつあることが、本書を読んでよくわかりました。建築の条件を「美しいこと」「視覚的な秩序があること」とした上で、人類は美を感じる能力を、いつ建築という人工物にふり向けるようになったのか? 荘厳さを強調するために宗教建築は縦長の形態をとることが多いのに、なぜ日本・中国・朝鮮・ベトナムの宗教建築ばかりが横長になったのか? 器と中身の両方が文明史の有為転変をのりこえて現在まで持続しているキリスト教、その教会建築の変遷は? 明治時代、どうして日本人は、伝統の和館の脇に新来の洋館を平気で並べるという世界的には異例な行いを平然と敢行したのか? 他にも日本建築における屋根、居間、城、茶室に関するモンダイ、はたまたガラス、煉瓦、鉄筋コンクリート、打放しといった発明と工夫に関するモンダイに、「当たって砕けろ」とばかりに取り組んでいく姿勢には小気味よさを感じます。虚心坦懐に建築を見て、ふと浮かんだ疑問を大事に暖め、綿密な調査をしながら大胆な仮説を打ち出していく。藤森氏のエネルギッシュな好奇心は衰えを見せません。一つのテーマについて十ページ足らずで叙述されているので通勤途中などで気楽に読めるの魅力ですね。またユーモラスな調子で包み込みながらも、眼から鱗を削ぎ落とすような鋭い指摘をされる藤森節も絶好調です。例えば、茶室建築に関する章で、茶についてこう述べられています。
 当時の人々が日頃用いていた薬の弱さと、料理における香辛料の乏しさと、空中の刺激物質の皆無を考えると、彼らの赤子のようなナイーブな肉体と脳神経細胞にとって、覚醒剤そのものであったにちがいない。喫(や)るとえらくハイになることができた。現在なら、政府は禁止する。(p.154)
 建築の奥深さに楽しく触れることができる好著、お薦めです。旅に出るといろいろな建築に出会えますが、じろじろとよく見て、どんなに小さな疑問でも大事にせにゃ、とあらめて思います。
by sabasaba13 | 2009-06-29 06:08 | | Comments(0)
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