先日、山ノ神と岩波ホールで羽田澄子監督の「嗚呼 満蒙開拓団」を見てきました。仕事の関係で、夕食は各自とって、劇場内で待ち合わせ。開演三十分ほど前に神保町に着けたので、ひさしぶりに名店「スヰートポーヅ」で至高の餃子に舌鼓を打ちました。スポポポポン 意識のどこかで、満州=餃子という関連性が働いたのかもしれません。ホールに入ると、山ノ神が最前列の席を陣取っていてくれました。さてはじまりはじまり。
まず満蒙開拓団について確認しておきましょう、以下、岩波日本史辞典を参考にまとめてみます。満蒙開拓団とは十五年戦争期の満州への日本人農業移民のことです。日露戦争後、満州が日本の勢力圏になっても、農民の移住は成功しませんでした。満州事変(1931)で満州全域が事実上日本の支配下におかれると、関東軍や拓務省、民間の加藤完治などの主導で1932年に試験移民が開始され、36年には農業移民の推進は広田弘毅内閣の重要国策となりました。政策の主目的は満州の日本人人口の増加にあり、移民団の多くは治安の不安定な辺地に配置されました。国内的には農村恐慌の緩和をはかるための人口調整政策の一環とされ、各府県・市町村が計画的に送り出し、14次まで計27万人が入植しました。また日中戦争下、労働力と兵員の動員で成人の移民が困難になると、1937年12月に青少年の送出が具体化し、翌年から実施されました。いわゆる満州開拓青少年義勇隊ですね。対象は数え年16~19歳の農家二・三男で、府県単位で強力に応募が勧奨され、天皇制イデオロギーに基づく精神教育と軍事訓練を受け、満州各地に入植、その数は45年までに8万数千人となったそうです。 さてこうした開拓団による入植地の強制収用、一部の移民の地主化などにより中国人農民の不満をまねき、日本の敗戦後、多くの移民団がソ連軍や中国民衆に襲われました。しかし中国人に助けられて戦後も残留した婦女子も少なくありません。引揚げた移民も国内で再度入植するなど、大きな犠牲をはらいました。なおソ連侵攻による惨劇については、山崎豊子氏の言葉を借りましょう。(「大地の子」 文藝春秋) …北辺の開拓団は、ソ満国境に向って扇形に配置されており、敗戦の年の五月には、関東軍は対ソ戦略を変更して、満州の四分の三を放棄し、極秘裡に移動を始めたが、ソ連の眼を欺き、釘付けにするために、北辺の開拓団は動かさず、放棄地域に置去りにしたのだった。しかも関東軍は、ソ連軍の追撃を阻むために、橋や道路を破壊して、老幼婦女子の開拓団員が南下する道路を断ち、関係者のうち、八万人もの死亡、行方不明舎を出したのだった。戦争終結にあたって、国家が全力を挙げて救わねばならぬ同胞、それも最も弱者である開拓団の老幼婦女子を見殺しにしてしまったのだ。その上、戦後三十五年目を迎えても、それらの人々の屍は大陸の荒野に野曝しのままであり、辛うじて生き残った子供たちは、戦争孤児として、日本政府から放置されたままである。開拓団員とは、当時の日本国内の人口、食糧問題の解決のために満州へ送り出された貧しい小作農民とその家族たちで、国家の政策に騙されて、大陸の荒野に打ち捨てられた棄民以外の何ものでもなかった。この問題には大いに興味をもっており、これまで、満蒙開拓青少年義勇軍内原訓練所跡、別所温泉の安楽寺慰霊碑と引揚者記念碑、妻籠の歴史資料館など、関連の史跡等を経巡ってきましたので、この映画も楽しみです。 話は、旧満州方正(ほうまさ)県にある日本人公墓からはじまります。ソ連軍の侵攻に追われて北満の開拓地からここまで避難してきて亡くなった約4500人を、中国政府が弔うためにつくってくれた墓です。ここを墓参するツァーに監督自らが参加してその様子を撮影するとともに、同行した残留孤児(現在は日本に居住)たちや、元開拓民へのインタビュー、そして研究者による概要の説明などをまじえながら淡々としかし真摯に映画は進行していきます。開拓民に応募したいきさつ、旧満州での暮らし、そしてソ連軍の侵攻による逃避行と惨状、戦後の苦労など、これまでいろいろな本で読んである程度は知っていたつもりでしたが、あらためて当事者の口から状況を聞くとその艱難には言葉を失います。中でも驚いたのは元開拓民・石原さんのお話。彼の一家は1945(昭和20)年五月、つまり敗戦の三ヶ月前に満州に渡ったそうです。もう敗戦は時間の問題、精強といわれた関東軍も南方に引き抜かれてすかすか、そしてソ連軍による攻撃の可能性がきわめて高いこの時期に、なぜ官僚たちは満州移民を中止しなかったのか。敗戦近しという情報が流れるのを恐れた、中止による責任の追及を避けたかった、予算を計上した以上やるしかない、等々いろいろな理由が考えられますが、国民の生命・財産を一顧だにしていないということは明らかですね。 またかつて育ててくれた養父や知人との再会、そして暖かい交流にも胸打たれます。もちろん、掠奪や暴行・虐殺なども多々あったでしょうが、少なくない中国の方々が、残留孤児を不憫に思い養育した、あるいは中国に多大な惨禍をもたらした日本人たちの墓をつくり、守り抜いたことも事実です。映像に登場したそうした方々を見ることによって、まるで昆虫を分類するみたいに"中国人"というレッテルをはりつけて批判や嘲笑をする発想の貧しさといかがわしさに思い至ります。そうした陥穽に落ち込みそうになった時には、彼ら/彼女らの顔を思い起こすようにします。 そしてこの映画の最大の意義は、当事者の証言を記録したということにあると思います。この国がかつて何をしたのか、そして今、何をし何をしていないのか、それを真摯に考えるためのこのうえもない材料をフィルムに残してくれたことを感謝します。軍部や政府の利益を"国益"と称して人々を満州に送り込み、そして見捨てた大日本帝国。そして、その行為に対する誠実な償いを戦後一貫してこなかった日本国政府。強者・権力者の利益のために平然と国民を犠牲にするという点で、両者の連続性は明らかですね。「大地の子」からもう一つ引用します。 「遅すぎるんだよ! 厚生省は軍人の恩給を払うんだったら、そいつらの犠牲になった何の罪もない孤児を、戦後三十五年もたっているのに、なんで放ったらかしにしておくんだ! 日本の親も、孤児の養父母もどんどん齢をとり、手がかりがなくなって行くばかりじゃないか!」ただ一つ、違和感を覚えたのが、本編でも紹介されている周恩来の「アジアに大きな被害をもたらしたのは、日本軍国主義であり、日本人民もまたその被害者である」という思想が、この映画の基調をなしている点です。被害を受けた中国側のこの寛大な言葉に、私たちは全面的に甘えてしまっていいのでしょうか。加害側である私たちは、そうした二分法で免罪符を得たとは考えず、その間のグレーゾーンに関して歴史的な考究をするべきだと思います。日本人民の中にも、純粋な被害者、侵略により利益を得た人々、消極的あるいは積極的に侵略に加担した人々、見て見ぬふりをした人々、いろいろな立場があったはずですから。 なお同映画のパンフレットもなかなか充実したものです。井出孫六氏の解説によると、1958(昭和33)年まで日中間の引揚げ船の往来は続き、戦後十三年、婚期を目前にした残留孤児にとっては引揚げのラストチャンスであり、またこの問題をきっかけに日中間の国交回復が見出せる機会でもありました。しかし総選挙を意識したかのように岸信介首相の反中国発言が強まり、日中貿易は中国側の激しい反発で途絶、引揚げ援護局も看板をおろしました。同時に国会に未帰還者家族援護法が上程され、七年以上消息のない未帰還者については死亡宣告によって戸籍を抹消し、葬祭料が支払われることになったのです。そして氏は、戦争中に企業整理などで店を閉じた東京の商店街の人々を、満州移民として万歳をして送り出している岸信介商工大臣と藤山愛一郎東京商工会議所会頭の写真を見て仰天したそうです。この人物が総裁をつとめる政党に投票し彼を首相とした人々、反中国発言をした立候補者に一票を入れる人々、やれやれこの国を蔽う闇の底知れなさに慄然とします。 加藤聖文氏の解説も大変参考になりました。満州移民が国策となり数値目標が示されると、巨大な行政の歯車が動き出し、国から県へ、県から村役場へ移民送出の圧力が加えられます。割り当てられた数を確保するために、全国の村では宣伝や勧誘、あげくのはてはくじ引きまでして競うように移民の送り出しに狂奔していったそうです。官僚が設定した数値目標が一人歩きをして人々を追い込んでいく、これもこの国に蔓延する闇の一つではないかな。 追記その一。そういえば、たしか六ヶ所村も、引き揚げてきた開拓移民が再入植した土地だったと思います。今、六ヶ所村で起きていることを想起すると、国益=官僚・財界の利益のために国民を犠牲にするという構図がいまなおまかりとおっていることがよくわかります。 追記その二。ホールに、東京の満蒙開拓団についての情報が知りたいというビラが置いてありました。下に紹介しますので、もし何かご存知の方がおられましたら、ご協力をお願いします。
by sabasaba13
| 2009-07-11 07:28
| 映画
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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