紀伊編(13):御坊(08.9)

 さて西本願寺日高別院ですが、もともとは1540年(天文9年)、吉原(現美浜町)に湯川直光が建立した浄土真宗本願寺派のお寺さんで、豊臣秀吉の紀州攻めの際に焼失し、1595年(文禄4年)、鷺森御坊の別院として再建されたそうです。その際に御坊舎に因んで地名も御坊と呼ばれるようになったそうな。以降、門徒を中心に人々が周辺に往来し町場が形成され、日高地方の商業の中心になりました。町は日高別院を中心に西町・中町・東町に分かれていますが、特に東町には現在でも土蔵屋敷が多く残り、近世の町並みを顕著に残しているそうです。樹齢400年あまりのイチョウの巨木に挨拶をして、それでは東町の方へぶらぶらと行ってみますか。
c0051620_70507.jpg

 と、このあたりで気づいたのですが、普通の桟瓦ではなく、平瓦と丸瓦を組み合わせた本瓦葺きの民家が多いのですね。なるほど、だから「武士は食わねど高楊枝」的な重厚な感じを受けたのか。
c0051620_711726.jpg

 別院の前から東町に向かう通りでは、土蔵やレトロな町家・商家をよく見かけることができます。
c0051620_714144.jpg

 そして圧巻は東町商店街。本瓦をいだいた古い和風建築の商家が建ち並び、「堀口金物店」「中松金物店」「たねは島半」「風呂・神具・住宅機器 ウエノヤマ」といった地元密着型の商店が健気に商いをされています。かなり年季の入った建物ばかりですが「ぺしゃんこにされてもへこたれないぞ」と胸を張るその意気やよし。
c0051620_72642.jpg

 そして手押しポンプ、手書きの看板、ホーロー看板といった、町の景観に風情を加えるアイテムも目白押し。「正宗屋酒店」の洋館がちょっとしたアクセントを与えています。
c0051620_723578.jpg

 中でも白眉は薗徹薬局ですね。本瓦葺き平屋の庇下欄間には、古い古い木製看板が所狭しと飾られています。「皮膚病治療剤ヒンター」「大学目薬」「婦人病薬 命の母」「含嗽原液 グルゲル」「眼病新剤 ラヂン点眼薬」「肺肋膜気管支霊薬 神霊湯」「痰咳を去り熱を取る 天寿」 マニアにとっては垂涎もの、マニアでなくても一見の価値があります。はあ…
c0051620_725973.jpg

 藤田洋三氏命名するところの世間遺産に満ち満ちた町ですね。「世間遺産放浪記」(石風社)から引用します。
 「世界遺産」や「近代化遺産」が脚光を浴びる中、社会からはなかなか見向きもされない、これら「世間遺産」たちとの出会いは、筆者自身に強い印象を与えるものばかりでした。長く人の生業やくらしとともにあった、「用の結果の美」としての建築や道具、または庶民の饒舌、世間アートとでも呼びたくなるような不思議な造形の数々…
 王道を行く富田林に対して、あまり注目されない覇道の御坊、お薦めです。もっと歩き回ればまだまだ素敵な物件に出会えそうでしたが、これから道成寺・湯浅に行く予定もあるので泣く泣く移動することにしました。「アディオス、御坊」と心の中で呟き再訪を期しましょう。

 本日の五枚です。
c0051620_733115.jpg

c0051620_735091.jpg

c0051620_741147.jpg

c0051620_743071.jpg

c0051620_745187.jpg

by sabasaba13 | 2009-07-16 07:06 | 近畿 | Comments(0)
<< 紀伊編(14):道成寺(08.9) 紀伊編(12):御坊(08.9) >>