紀伊編(18):加太(08.9)

 名残はつきねど最終日、天候はうす曇です。本日は和歌山の西方にある加太(かだ)から船で友ヶ島に渡り砲台跡とブラントン設計の灯台を見物、そして根来寺・粉河寺とまわって関西空港から帰郷する予定です。船は一日に四便、加太港発9:00の船に乗らないと、以後の予定はマジノ線のように崩壊してしまいます。よって事前に列車のタイム・テーブルを綿密に調べておきました。和歌山駅に着くと、構内に「シャキッと立てば、気持ちもキリリ。いい通学マナーで、車内環境を快適に。」というコピーつき、屹立する女子高校生のポスターがありました。ここ和歌山でも車内の床に座り込む高校生には悩まされているようです。私空間の過度な拡張と分析ということなのでしょうか、人の迷惑をかえりみないキャリーバッグの蔓延とも一脈通じているような気がします。なぜここまで無遠慮に公共の空間を侵食するのか、考えてみる価値はありそう。W.H.オーデンに「私の鼻先30インチに/私の人格の前哨線がある/その間の未耕の空間は/それは私の内庭であり、直轄領である/枕を共にする人と交わす/親しい眼差しで迎えない限り/異邦人よ/無断でそこを横切れば/銃はなくとも唾を吐きかけることはできるのだ」という詩がありますが、この人格の前哨戦が30インチどころではなくなっていきているのが現状ですね。向かいのホームにわかやま電鉄貴志川線のいちごを描いた列車が停まっています。この前某テレビ番組で見たのですが、たしか終着駅にネコの駅長がいるのですね。一瞬迷いが生じましたが、初志貫徹、ここは心を鬼にして計画を遂行しましょう。
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 7:43発の列車に乗って和歌山市駅に行き、ここで7:56発加太行きの南海加太線に乗り換えます。サーファーで賑わう海岸を左手に見ながら、列車は予定通り8:22に加太駅に着きました。事前の調査によると駅から港まで徒歩20分強、しかも道が分かりにくいようです。幸い駅の窓口で観光地図をいただけました。それによるとこの駅舎は1912(明治45)年に建てられたそうですが、白い板張りと三角屋根がキュートでなかなか瀟洒な物件です。立地の関係で全体像が見えないのが少し残念ですが。
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 ん? 駅前にエビ・タイ・カニ・タコなどの海産物をイラストで描いた大きな看板がありました。「顔はめ看板」かなと思いきや、顔の部分に穴があいていません。近づいてみると、穴はあいているのですが、顔を描いたビニールが後ろにとりつけられており、それをめくると顔を出せるようになっています。「けったいやなあ」と思わず関西弁で呟き、よくよく後ろを見るとこう書いてあります。「たいへん危険ですから開口部から外側に顔を突き出さないでください」「小さいお子さまのご利用には必ず保護者が責任をもって付き添ってください」 うむむむむ、過剰な安全を要求するmentalityがとうとうここまで来たのか… 顔のところにぽっかりと穴が開いている、あの何ともいえない無常観・空虚感が顔はめ看板の魅力なのになあ。ちょっとうちひしがれた思いですが、気を取り直して歩を進めましょう。
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 いただいた地図は要所要所の見どころも記された、なかなか見やすいもので助かりました。まず左手にあるのが加太中学校、門扉には半分剥げた「飛び出し小僧」が貼り付けてあります。その隣には「加太中学校軟式庭球部 昭和四十五年度第一回全国大会優勝 燃える闘魂汗と涙の青春」という、見ているだけで赤面してしまう雄渾な木碑が立ててありました。
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 学校前の電柱には「加太を守ろう 加太小」という手描きイラストの看板がかけてあります。他の所でも何枚か見かけましたが、何か切迫した危機が加太に迫っているのでしょうか。
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 さらに歩くと縦長の窓がリズミカルに配置された洒落た洋館が佇んでいます。解説板によると、明治末期~大正初期に建てられた加太警察署だそうです。その先には「右和か山道 左あわしま道」と刻まれた1849(嘉永2)年建立の石の道標があります。
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 そして路地をじぐざぐと縫っていきますと、「文部省検定教科書 加太地区供給店 酒井書店」という看板のある書店がありました。その近くには「19・12・30・(A.8:40)…20秒でトユくだいたおなべ 早く元通りに直せ。…おなべへ」というメッセージが貼ってあります。ディープだ… トユとは、そしておなべとは何者? 謎は謎を呼び風雲急を告げそうな予感。何かここ加太を舞台にとてつもない事態が進行しつつあるのか、さきほどの「加太を守ろう」という子供の悲痛な叫びも何か関係があるのかもしれません。
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 ここにも古い道標がありました。「右和か山道 左…」は判読できず。古文書学の授業をもっと真面目に受けておくべきでした。その先にある釣具店には「鯖皮あります」という貼り紙。さばかわ? また謎が謎を呼んでしまいました。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2009-07-22 06:12 | 近畿 | Comments(0)
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