紀伊編(22):友ヶ島灯台(08.9)

 海沿いの斜面にはいつくばるように広がる孝助松を左に、蛇ヶ池を右に見ながら池尻広場をつっきり、坂道を少し上ると友ヶ島灯台に到着です。
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 ちょっとずんぐりとした愛嬌のある佇まいで寡黙に屹立する白亜の石造灯台でした。
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 竣工は1872(明治5)年、設計は"日本の灯台の父"リチャード・ヘンリー・ブラントン、日本で八番目に建造された洋式灯台です。なおスーパーニッポニカからブラントンのプロフィールを引用しておきます。
Richard Henry Brunton (1841―1901)
 イギリスの技術者、幕末・明治初期のお雇い外国人技術者。スコットランドのアバディーンシャーに生まれる。父は船長であった。私立学校卒業後、鉄道工事の見習技師となり各地の工事に従事した。その後、徳川幕府の依頼を受けたスティーブンソン兄弟の斡旋で1868年(慶応4)来日し、本格的な洋式灯台の建設に携わった。さらに新時代の工学知識と西欧技術を多方面からの依頼に応じて発揮し、鉄道建設の必要を建言のうえ、まず東京―横浜間の鉄道敷設を説いた。また、横浜にあった鉄の橋の吉田橋の架設や横浜居留地の公園計画、下水道敷設などを行った。横浜の都市づくりに多くの提案を残し、76年(明治9)帰国した。
 日本の近代化を助力した、そして何よりも洋式灯台についてのノウハウを伝授してくれた灯台フリークにとっては足を向けては寝られない恩人です。なおブラントン設計の灯台は14基現存しており、これまでに樫野崎江埼角島犬吠崎御前崎尻屋崎灯台、そしてここ友ヶ島の灯台を訪れました。残るは神子元島、六連島、鍋島、部埼、釣島、金華山、菅島、ぜひとも全てを踏破してみたいものです。灯台の少し向こうまで行くと、紀淡海峡をはさんで淡路島が眼前に迫っていました。
 灯台のすぐ隣にあるのが第一砲台跡、砲座と半地下につくられた弾薬庫らしき煉瓦造りの建造物を見ることができます。
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 ここから道なりに歩いて数分のところにあるのが第二砲台跡。見晴らしの良い海岸沿いの小高いところに、煉瓦・コンクリート造りの巨大な砲座が残されています。ただ海岸部が侵食されており、海側の部分は崩落・崩壊の危機に瀕していました。ここから海沿いの斜面につくられたハイキングコースを歩き、十分強で桟橋に到着です。時刻は11:20、やれやれ発船時刻十分前に間に合いました。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-07-30 05:43 | 近畿 | Comments(0)
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