紀伊編(27):日根野(08.9)

 粉河駅から和歌山駅まではJR和歌山線で約三十分、ちなみにこの間の有人駅は岩出と粉河のみ、そして「イコカ」は使えません。ホームに到着すると「わっ!が山ほど和歌山県」というキャッチ・コピーを掲げた観光ポスターを見かけました。うん、わずか三日の滞在ですが、その一端を垣間見ることができました、異議なあし、議事進行。そして阪和線に乗り換えて二十分ほどで日根野に到着、ここで関西空港行き快速に乗り換えますが、少し時間があるので駅前に出てみました。
c0051620_7363931.jpg

 何故って? それはねそれはね、ここには中世荘園として著名な日根野荘があったんですよお。そして九条政基(1445―1516)という貴族が、守護細川氏の押領に苦しむこの荘園に自ら下向し直接支配に従事、その間に『旅引付』という日記を残してくれました。これは当時の村落生活を知る好史料として、その筋ではよく知られています。実はこの日記をもとにつくられた絵本があります。「戦国時代の村の生活 -和泉国いりやまだ村の一年-」(勝俣鎮夫/文 宮下実/絵 岩波書店)という絵本で、地に足のついた歴史を子供のために語ろうという大変意欲的な試みでしたが、残念ながら絶版です。「2月15日 このごろ川にさらしてある村の人たちの大せつなワラビ粉が夜中にときどきぬすまれるので、若衆が見張りをしていると、千代ちゃんのお母さんがぬすむところを見つけた。おこった村の人たちが、みんなで家におしかけて千代ちゃんのお母さんと兄さんを殺してしまった」という一文とその絵は忘れられません。ここを読んだ子供はきっといろいろな疑問をもちいろいろと考え込むでしょう。てなわけでその舞台となった日根野に足をつけただけで感無量です。もちろん当時の姿を偲ぶよすがは全くなく、ごくごく普通の近郊住宅地という印象でした。ただ駅前に掲示してあった地図を見ると「日野荘遺跡」とあるので、その遺構が展示されているのかもしれません。いつか機会があったら見てみたいものです。
c0051620_7373100.jpg

 佐野町場も古い街並みが残っているとのこと。駅の階段には、眺めているだけでコレステロールが蓄積されそうなコテコテの油っこい防犯ポスターが二枚も貼ってありました。ここまでキッチュ(kitsch)なポスターにはなかなかお目にかかれません。眼福眼福。
 さて関西空港行きの快速に乗り込み、十分ほどで到着。余裕の義文君で出発には間に合います。夕食は「ぼてじゅう」のモダンねぎ焼き、こやつを食べないと関西の旅をしめくくることはできません。
c0051620_7372981.jpg

 そして最後の難関、ボディ・チェックです。実は機内に持ち込むバッグの中に金山寺味噌が入っているのですよ。一見危なそうな物質に見えるのでひやひやしましたが、問題なくスルー。やれやれ、ニューヨークだったらこうはいかないだろうな。

 本日の二枚です。
c0051620_7374880.jpg

c0051620_7382338.jpg

by sabasaba13 | 2009-08-07 07:39 | 近畿 | Comments(0)
<< 「意志の勝利」 紀伊編(26):粉河寺(08.9) >>