近江錦秋編(9):石山寺(08.11)

 サドルにまたがり軽快にペダルを踏み、快走すること数分で石山寺門前に到着、東大門から中を覗き込むと怪しく真っ赤に輝いています。これは期待できそう。
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 ここ石山寺は、東大寺大仏造立のための黄金の不足を愁えた聖武天皇が、ここに伽藍を建てて如意輪法を修すようにとの夢告を受け、良弁僧正を開基として開かれた真言宗のお寺さんです。奈良時代から観音の霊地とされ、平安時代になって観音信仰が盛んになると、朝廷や摂関貴族と結びついて高い地位を占めるとともに、多くの庶民の崇敬をも集めました。宮廷の女人たちのあいだで、観音堂に参籠し読経しながら一夜を過ごすのが流行ると、紫式部はここに参籠して「源氏物語」の想を練り、また、清少納言、和泉式部、『蜻蛉日記』の藤原道綱の母、『更級日記』の菅原孝標の女なども石山寺のことを日記や随筆に記しているそうです。「石山寺縁起絵巻」の舞台としても名を馳せています。門をくぐると、参道をおおいつくす見事に色づいた楓が出迎えてくれました。その両側にはお休み処があり、ここもなかなか趣がありました。苔の上を飾るさまざまな色合いの散紅葉がなんともいえない風情です。
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 お代を払って中に入り、右手の石段を上ると本堂、こちらの相の間で「源氏物語」が書かれたそうで、紫式部の蝋人形が置いてありました。そして「石山」という名称の由来となった巨大な硅灰石と多宝塔、それにおおいかぶさるような真っ赤なもみじ。おお、びゅーてぃほー!
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 さらに階段をのぼると、源頼朝の寄進で1194(建久5)年に建立された日本最古の優美な多宝塔とご対面。その先へ行くと、瀬田川を遠望できます。
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 そして違う道を通って東大門へ戻る間にも、色鮮やかな紅葉を満喫することができました。大津ひかる君とも出会えて、山ノ神もご満悦のようです。というわけで石山寺はお薦めですね。
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 そしてふたたび自転車にまたがり、石山寺駅前を通り過ぎ、数分ペダルをこぐと瀬田の唐橋に到着です。この橋は東国から京に入る関所の役割を果たし、軍事・交通の要衝でもあったため、壬申の乱、承久の乱、南北朝動乱など、幾多の戦乱の舞台になり、そのたびに破壊・再建を繰り返してきました。また近江八景の一つ「瀬田の夕照」としても有名ですね。現在の橋は1979(昭和54)年に架けられたものですが、ゆるやかな反りや欄干の擬宝珠など、昔の面影を残すよう工夫されていました。欄干にもたれかかって紫煙をくゆらせていると、ミズスマシのようにつーいと八人乗り競技用ボートが行き交います。流れの穏やかな瀬田川は格好の練習場のようですね。なお橋のたもとには橋姫を祀った小さな社がありました。橋姫に橋占、彼岸と此岸をつなぐ境界=橋にまつわるさまざまな伝承や風習を思い浮かべます。駅に戻る途中、川沿いに大学ボート部の艇庫を見かけました。そういえば寺山修司に「わが内の古き艇庫にとじこめしボートのごとき欲望のあり」(「田園歌集」より)という歌があったなあ。私の内に秘めた欲望もいつの日にかあのボートのように解き放たれて矢のようにすべりゆくのでしょうか。なんて気障なことを言っているうちに石山寺駅に到着、係の方に丁重にお礼を言って自転車を返却しました。
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 本日の十一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-10-07 06:24 | 近畿 | Comments(0)
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