近江錦秋編(16):大津(08.11)

 それでは大津市内へと向かいましょう。琵琶湖疏水を渡り、住宅街をしばらく歩くとアーケードのある長等商店街です。時刻は午後四時半ですが、多くの商店でシャッターが閉められ、人通りもほとんどありません。そして菱屋町も同様、地方の窮状を目の当たりにした思いです。丸屋町商店街に入ると「曳山展示館」があったので寄ってみました。すぐに係員の女性が飛んできて、「待ってました」とばかりに大津祭と曳山に関するお話を懇切丁寧にしてくれました。大津祭は江戸時代はじめ、鍛冶屋町塩売治兵衛が狸面で踊ったことから始まったとされていますが、1638(寛永15)年からは三輪の曳山を作られるようになりました。本祭(体育の日の前日)にはゴブラン織や装飾金具にかざられた豪華絢爛とした13基の曳山が市内を巡行します。そして大津祭りの大きな特色が、すべての曳山に取り入れられている中国の故事や能・狂言を題材としたカラクリ。カラクリといえば飛騨高山祭のものが有名ですが、あちらは23基の屋台のうち四つしかありません、と誇らしげに語る姿が印象的でした。ほんとに大津祭を愛していらっしゃるのですね。それでは館内を見学いたしましょう。一階には曳山の原寸大模型が展示してありましたが、三輪というのは珍しいですね。
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 二階では実際の祭りの様子やそれぞれのカラクリの動きをビデオで見ることができます。祭とカラクリが大好きな山ノ神は微動だにせず食い入るように画面を見ているので、私は中座して展示物を見学。大津市内の古い建物を紹介する地図があり、これは街歩きの際に役に立ちそうです。へえー、壁面に取り付けて倒すとベンチとして使える板は「バッタン床机」と言うのか。
 そして山ノ神と合流し外へ出ると、もうとっぷりと日は暮れています。ここから少し歩いたところにあったのが「此附近露国皇太子遭難之地」という碑です。いわゆる大津事件の現場ですね。以下、岩波日本史辞典から引用します。
 ロシア皇太子が滋賀県大津で襲撃された事件。湖南事件とも。ロシア皇太子ニコラス(のちロシア最後の皇帝ニコライ2世)は1891年シベリア鉄道起工式に出席の途次来遊。5.11一行が三井寺に参詣、滋賀県庁を経て京都に戻る途中、来日の目的を邪推した警備の巡査津田三蔵(1854‐91)に頭部を切りつけられた。事態の重大さに政府は、天皇自ら京都に皇太子を見舞うとともに、事件を皇室への危害とみて刑法116条の規定を適用、津田を極刑に処するよう圧力を加えたが、大審院長児島惟謙は条文上通常謀殺未遂罪を至当として、5.27大津地方裁判所に開いた大審院法廷において津田に無期徒刑を言い渡した。司法権の独立を守った事件として注目された。
 そういえば、四国の宇和島を訪れた時に、かの地の出身である児島惟謙の銅像と出会いましたっけ。こうして各地で出会えた史跡がリンクしていくのも、旅の楽しみの一つですね。
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 そして昨日予約しておいた「かど萬」へふたたび参上、近江牛のステーキに舌鼓を打ちました。ホテルへ戻り、温泉にゆったりとつかり(とはいっても約十五分)、遊覧船「ミシガン」で奏でられる場違いなディキシーランド・ジャズをBGMに夜景を眺め、一献傾けました。明日は予定通り、鶏足寺、賤ヶ岳古戦場、近江孤篷庵、玄宮園(彦根城)を訪れることにしましょう。

 本日の一枚です。Bon appetit !
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by sabasaba13 | 2009-10-19 06:08 | 近畿 | Comments(0)
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