そして登山鉄道に乗って、大平台で途中下車。駅のすぐ近くにあるわれわれ御用達の「大平亭」で、神奈川県のご当地B級グルメ、サンマーメン(生碼麺)をいただきました。生碼は生きのよい具材(碼)という意味で、醤油味スープのラーメンの上にあんかけ野菜炒めがどすこいと鎮座されています。濃い目の醤油味としゃきしゃきした野菜とねっとりとした餡がマッチングして、なかなかの美味でした。再び登山鉄道に乗って箱根湯本へ、小田急に乗り換えて箱根板橋で下車。
このあたりは東海道沿いの宿場町で、明治以降になると、政財界の大御所たちが大きな庭園+豪邸を構えたところです。まず伊藤博文による「滄浪閣」をはじめ、政財界人の別荘群が小田原に形成され、小田原城内に御用邸が完成すると、皇室関係者もこのあたりに居住するようになりました。しかし1902(明治35)年の小田原大海嘯により海岸沿いの別荘が大打撃を受け、その後、三井財閥を支えた実業家益田孝(鈍翁)がここ板橋に別荘「掃雲台」を営むと、彼に縁のある大倉喜八郎といった実業家達が、この板橋に別荘を構えるようになっていったそうです。観光客の"か"の字も見えませんが、けっこう見どころがある穴場中の穴場として推挙いたします。 それでは木造のしぶい駅舎を写真におさめ、古希庵へと向かいましょう。駅前にあった周辺地図をデジカメにおさめ、それを頼りに歩くこと十分弱で到着です。古希庵は、明治の元勲・山県有朋が1907(明治40)年に築いた庭園です。彼は当時(表向きは)政界を退き、1922(大正11)年に没するまでここで過ごしたそうです。とはいっても、元老として政界や軍部に隠然たる影響力をもっていましたが。徳富蘇峰曰く「山県公は古希庵に閑居していても、天下をして政治の中枢が恰も小田原にあるが如き感あらしめた」、多くの政界関係者が「小田原の大御所」山県の機嫌伺いにここ古稀庵を訪れたそうです。なお現在は「あいおい保険」の研修所となっており、見学できるのは日曜日のみ、要注意です。誰もいない受付に100円を納め、いざ園内へ。以下パンフレットからの引用です。「山県公は日本古来の山水回遊式庭園を敢えて斥け、本邦初の自然主義的庭園の築造に心血を注がれました。…敷地に谷水を巡らせ、高低差14.9メートルを巧みに利用した滝組みにより、変化ある景観と力動感を表出することに成功しました」 なるほど、こんなにアップ・ダウンのある庭園は初めてだ。二カ所の滝をからめた谷水に沿って遊歩道があり、上り下りにともなって眺望が千変万化していきます。自然の地形を活かしたダイナミックな庭園という印象を受けました。さらに滝の音の大きさや音色にも神経を使ったようで、これまた聞く場所によって微妙に変化するとのこと。凡人には聞き分けかねますが。なおウィキペディアによると、横浜から訪れた原富太郎から「この滝には三渓園の滝に比べて、滝の流れの響きに生命が感じられない」と評され、相当口惜しがったといわれているそうです。かつては和風木造の本館、伊東忠太設計の木造の洋館、ジョサイア・コンドル設計のレンガ造の洋館等があったそうですが、そのうち伊東忠太が設計した洋館は、栃木県那須にある山県農場(現山縣有朋記念館)に移築されているとのこと。 玄妙な景色に惹かれて、しばし洗頭瀑のほとりにたたずみ、落ち来る流水を眺めていました。山県のこんな言葉が残されています。「滝の姿は始終同様なる筈なれども、打ち見たる処始終変化あるやうにして、見れどもさらに飽く事なし、自分は時時此処に佇みて長時間眺め居る事あり…」 ということは、大逆事件(1910)に際し、幸徳秋水をはじめとする無政府主義者の抹殺は、この滝を眺めながらこの場所で決意したのかも…という空想もわいてしまいます。山県が事件の判決に直接関与したかどうかははっきりしないようですが、公判にさいして「天地をくつがへさんとはかる人 世に出るまで我ながらへぬ」という歌をつくった彼のことです。その可能性は否定できないでしょう。そうだとすると、たぶん今と変わらぬ清らかな滝の音と軽やかな鳥の声と風にそよぐ葉ずれの音を聞きながら、彼の心の中に逡巡はなかったのでしょうか。あるいはこの美しい自然の秩序を乱す異物に見えたのかもしれません。 なお「山県有朋」(藤村道生 吉川弘文館)によると、彼がつくった庭園は椿山荘、大磯の小淘(おゆるぎ)庵、京都鴨川畔の第二無隣庵、京都南禅寺わきの第三無隣庵、小石川の新々(さらさら)亭、麹町の新椿山荘だそうです。また古希庵を出てさらに坂道を登ると実業家・大倉喜八郎が建てた別荘「共壽亭」が「山月」という割烹旅館になっており、さらに登ると清浦奎吾が建てた「皆春荘」という別荘があるそうですが(個人所有のため見学は不可)、しょうしょう疲れたので省略しました。 本日の三枚です。
by sabasaba13
| 2009-11-02 20:45
| 関東
|
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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