高輪編(7):鈴ヶ森刑場跡(09.10)

 そして白金高輪駅から都営三田線に乗り、三田へ。都営浅草線に乗り換えて品川へ、そして京浜急行に乗り換えて立会川で下車。なかなか賑わっている駅前の商店街を歩いていると、「若き日の龍馬がゆく はまかわ砲台」という垂れ幕が街灯にぶらさげてあります。そしてちょっと安っぽい坂本龍馬の像もありました。立会川と龍馬??? 解説を読むと、ペリー来航に対して土佐藩が設置した浜川砲台に、龍馬が一兵卒として勤めていたそうです。その後、佐久間象山の砲術塾に入ったとか。なるほどねえ、来年はじまるNHK大河ドラマの「龍馬伝」にあやかったわけか。何でも、10月26日には「龍馬伝」の登場人物にゆかりのある9つの地方自治体の首長らが一堂に会し、「龍馬伝サミット」を開いたそうです。後学のため参加した方々を紹介しますと、高知県高知市、安芸市、東京都品川区、山口県下関市、京都府京都市、長崎県長崎市、鹿児島県鹿児島市、霧島市、広島県福山市の市区長だそうです。ま、これで観光客がわんさかわんさと押し寄せて地域経済が活性化してくれればいいのですけれどね。できれば、一過性の話題に飛びつくだけではなく、その地域に根ざした地味な歴史にもスポットを当てていただきたいものです。
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 商店街を抜けて南の方へ右折すると、浜川橋、別名「涙橋」がありました。裸馬に乗せられて鈴ヶ森刑場に向かう罪人を見送る親族が、ここで涙を流しながら別れたそうです。そして大通りを渡って、ふと右手を見ると… おおっ本日の一押し物件をゲット! 寄り添うように並んだ古いお宅、右はアーチ状の看板建築に江戸小紋の「七宝」を意匠した銅板の戸袋、左はぶっちがいの屋根庇、ともに二階の窓の手すりが洒落たデザインです。どう評すればいいのかわかりませんが、ユニークで楽しくて見飽きない優品です。これだから街歩きはやめられません。なお江戸小紋については「ビバ!江戸」というホームページで紹介されています。
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 その付近で、周辺の観光地図を発見、おっ、大森貝塚の記念碑があるではないか、ついでだ、寄ることにしましょう。新しくできたらしい墓地には、寂しげに墓石が散在していました。
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 そして鈴ヶ森刑場跡に到着です。道路にはさまれた細長い地所に、石碑が所狭しと並んでいました。往時の雰囲気を感じさせてくれるのは、火炙りと磔に使われた台座の石だけです。解説板によると、1651(慶安4)年に解説された御仕置き場で、丸橋忠弥、天一坊、白井権八、八百屋お七、白木屋お駒などがここで処刑されたそうです。嗚呼、このうち三人しか知りません。髭題目を刻んだ石碑も歌舞伎の舞台ではおなじみだそうです。それにしても歌舞伎に関する知識が決定的に欠落している己の蒙昧さに恥じ入る次第です。他に首洗いの井戸、関東大震災の供養塔がありました。となりの電信柱には「ハトに餌やるな!! (やりたければ自宅前でやれ。) 餌をやっている阿呆に告ぐ。近隣住民一堂」という激烈なビラが貼ってありました。当該者を見つけたら、引廻しの上獄門晒し首にしそうな雰囲気ですが、よほど迷惑されているのでしょうね。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-11-11 06:10 | 東京 | Comments(2)
Commented by mesato52 at 2014-07-22 16:55 x
ウィキで見ると、処刑者数が開設以来220年で10万~20万人
って、いい加減で且つ多いですね、各藩も合わせるとゾーッ。
Commented by sabasaba13 at 2014-07-27 19:20
 こんばんは、mesato52さん。霊感とやらにはとんと縁のない小生ですが、ここは何やら感じるものがありました。処刑者数10万~20万人ですか、それはすごいですね。
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