深川七福神・洲崎編(2):深川稲荷神社(09.1)

 この公園のすぐ前が芭蕉稲荷、芭蕉庵跡と伝えられています。
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 その隣にある木造モルタル二階建てのお宅には目を奪われました。戸のすりガラスには「温度計製作工場」、窓上部のすりガラスには「ご相談、ご用命は何んでも承はります」と書かれており、「防犯燈協力の家」という小さな古いホーロー板がはってあります。地元にねづいた堅気で真っ当な商いをされてきた職人さんなのでしょうね。残念ながらもう営業はされていないようですが、こういう世間の風雪に耐え抜いた歴史を刻んだ民家と出会えるのが、町歩きの大きな楽しみです。
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 車道に出てさらに南へ向かうと小名木川にかかる萬年橋、改修工事のためシートがはられ全貌を見ることができませんでしたが、歴史のありそうな重厚な鉄橋です。ウィキペディアによると、1930(昭和5)年に架けられた1径間下路ソリットリブタイドアーチ橋。なお江戸時代の萬年橋は、大きく高く虹型に架けられた優美な姿を江戸っ子に愛され、葛飾北斎は富嶽三十六景の中で「深川萬年橋下」として、歌川広重は名所江戸百景の中で「深川萬年橋」として取り上げました。また小名木川は、もともと行徳の塩を江戸に運ぶためにつくられた運河で、徳川家康江戸入府後まもなく開通したそうです。かつては東廻りの船が利根川、江戸川、小名木川を経て江戸へ物資を運ぶための大動脈だったのですね、そのよすがを偲ばせるものは何もありませんが、せめてその歴史を胸にとどめておきましょう。橋の北側のたもとに「ケルンの眺め」というプレートがあり、「ここから前方に見える清洲橋は、ドイツ、ケルン市に架けられた吊橋をモデルにしております。この場所からの眺めが一番美しいといわれています」との解説がありました。ケルンには行ったことがありますが、件の吊橋は未見、よってコメントのしようがありません。ま、儀礼上、写真を一枚撮影。ここで山ノ神が蛙をデザインした歩道の敷石を発見、「古池や…」の句にちなんだものでしょう。
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 橋を渡って路地を東へとすこし歩くと布袋尊を祀る深川稲荷神社に到着です。街角にある小さな社殿ですが、何ともはや参拝客の長蛇の列が伸びています。ワンパス。脇からご尊体を撮影し、朱印を貰って次へと行きましょう。すぐとなりでは獅子舞が新年の雰囲気をもりあげていました。
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 近くには誇らしげに「砂糖」と井桁の商号を金看板で掲げたビル、でも砂糖の商いでやっていけるのかなあ、などと余計な心配をしてしまいます。このあたりは相撲部屋も多いようで、錣山(しころやま)部屋を見かけました。中からはガラスを爪でひっかいたような新弟子さんたちの悲鳴が…聞こえてはきません。ところでこの部屋の親方は誰なのかな? 今、インターネットで調べてみると、元関脇の寺尾でした。小兵ながらも全身全霊を惜しみなく捧げた真摯な相撲が好きだったなあ。なお彼のおにいちゃんがチャカポコ、もとい逆鉾でしたっけ。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2009-12-09 06:12 | 東京 | Comments(0)
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