深川七福神・洲崎編(6):冬木弁天堂・富岡八幡宮(09.1)

 深川一丁目の交差点を東に折れ、葛西橋をすこし歩くと弁才天を祀る冬木弁天堂にたどりつきます。それほどの混雑ではなかったので参拝をして朱印をいただきました。小さな境内の一角には戦災による死者の供養碑がありました。空襲による犠牲者を悼んだものでしょう。なお今読んでいる永井荷風の随筆「深川の散歩」[「荷風随筆集(上)」(野口富士夫編 岩波文庫)所収]に次のような一文がありました。
 冬木町の弁天社は新道路の傍に辛くもその址を留めている。しかし知十翁が、「名月や銭金いはぬ世が恋ひし。」の句碑あることを知っているものが今は幾人あるであろう。(因にいう。冬木町の名も一時廃せられようとしていたが、居住者のこれを惜しんだ事と、考証家島田筑波氏が旧記を調査し小冊子を公刊した事とによって、纔に改称の禍を免れた。)
 近くにあった肉屋さんには「メンチ/コロッケ/とんかつ」という看板、メンチを一番上に挙げるところにご主人の見識を感じます。
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 そして南へ歩いていくと、ゴールの富岡八幡宮に到着です。境内の片隅に恵比寿を祀る小祠がありますが、参拝のための尋常ではない行列ができています。スリーパス。
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 列の脇から写真を撮って、朱印をいただきフィニートとしましょう。社務所で朱印代100円を支払おうとし、財布の中をのぞくと小銭がじゃらじゃら音を立てています。50円玉が1枚、10円玉が4枚、5円玉が1枚、1円玉が5枚、足りるかなあ… ん? ぴったり100円だあ! いっつあみらこお、こいつは春から縁起がいいわい、いや今年は財布がからっけつになるということかもしれませんね。鶴亀鶴亀桑原桑原。富岡八幡宮本殿は初詣の参拝客で押すな押すなのたいへんな混雑です。参道の人ごみをかきわけ正面の鳥居に向かうと、伊能忠敬の像と記念碑がありました。解説によると、隠居後、彼は付近の黒江町に住み、遠国に測量に行くときには必ずこの富岡八幡宮に参詣し無事を祈念したそうです。
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 なお以前に訪れたことがあるのですが、八幡宮の近くには、1878(明治11)年に工部省赤羽製作所によって製作された国産第1号の鉄橋・弾正橋が保存されています。そして永代通りを西へ向かい、地下鉄東西線門前仲町駅に到着、全行程の所要時間は約三時間でした。ここで山ノ神は買い物のため銀座へ、私は赤線跡散策のため木場へ向かうので、お別れです。

 本日の二枚は、以前に撮影した弾正橋と朱印です。
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by sabasaba13 | 2009-12-13 07:43 | 東京 | Comments(0)
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