土佐・阿波編(28):引田(09.3)

 かめびし屋のすぐ近くにある御幸橋からは播磨灘を遠望することができました。そしてその先にある誉田八幡宮を表敬訪問。
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 再び町なかに戻ると、猪木ピンチ(※馬場出そう)、旧郵便局内のカフェに入り、和三盆になる前の白下糖を使ったシフォンケーキと珈琲を注文。一息つきながら、店内を見渡すと、往時の雰囲気をうまく生かしたレトロな雰囲気で八角形の窓がいいアクセントになっています。
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 それでは為すべきことを為そうとトイレをお借りすると…建物となりに設置された簡易トイレでちょっとあれでした。これはたまらんとそそくさと立ち去り、かめびし屋に戻って用をたしました。讃州井筒屋敷にもトイレはありそうです。そして列車の発車時刻まで町を散策、櫛の歯が欠けたようにところどころに古い商家が残っています。
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 「飛び出すな」マークは、足型の間に円形を描いた黄色いマーク、以前にもどこかで見かけたような記憶がありますが、不思議な意匠です。
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 江戸期のものでしょうか、「へんろみち」という古い道標もありました。
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 余談ですが、ここ引田は「ブギの女王」笠置シズ子、政治哲学者にして元東大総長・南原繁の出身地です。南原繁といえば、冷戦の中、全面講和を主張し吉田茂首相と激しく争論、「曲学阿世の徒」と非難された方です。それに対する彼の反論が忘れられません。以下、引用します。
 (吉田茂首相は)私に曲学阿世の徒という極印を押したが、これは満州事変以来、軍部とその一派が、美濃部博士をはじめ多くの学者にたいして常用したもので(ある)…、私が国際情勢を知らないと吉田首相はいうが、それは官僚独善である。現実と理想を融合させるために、英知と努力を傾けるのが政治家の任務であるのに、全面講和と永世中立を空理空論ときめつけるところに日本民主主義の危機がある。(1950.5.6)
 「現実と理想を融合させるために、英知と努力を傾けるのが政治家の任務」、この言葉を聞いて穴を掘って入らない政治家が今、どれほどいるでしょう。ぜひ肝に銘じてほしいものです。後日に読んだ「赤旗」(09.3.29)によると、讃岐相生駅に近い相生小学校に同校出身の南原繁の顕彰碑があるそうです。相生小学校に隣接している保育園の名は「平和保育園」といい、南原の平和への理念をくんでつけられたもの。また引田港には「城山の 山のかくめる引田港 われ少年にして ここに船出しき」という彼の歌碑があるとのことでした。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2010-02-01 06:10 | 四国 | Comments(2)
Commented by coelacanth at 2010-02-04 05:53 x
ちょくちょくお邪魔させて楽しませてもらってます。
飛び出すなマークの真ん中は、三本指を立てたマークであったと思います。または三つの点。幼い時分に、右見て、左見て、信号確認の三つを忘れないためにかかれていると聞かされた記憶があります。四国だけの物なのかも…?
Commented by sabasaba13 at 2010-02-04 19:30
 こんばんは、coelacanthさん。「目から鱗が落ちてコンタクトレンズをはめる」とはこのことです。なるほど、左右と信号の確認か。貴重な情報を教示していただき、ありがとうございます。これからもこの「交通安全足型(仮称)」を追いかけていきますので、四国以外の地でこの三本物件を見つけたら報告します。
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