三文オペラ

c0051620_68627.jpg 満を持してこんにゃく座のオペラ「三文オペラ」を山ノ神と見てきました。上演場所は世田谷パブリックシアター、三軒茶屋駅から地下通路を抜けてすぐ近くにあるビルの三階です。こちらに来たのははじめてですが、なかなか良い小劇場ですね。舞台と一体化したようなこじんまりとした濃密な雰囲気、高い吹き抜け、これは楽しめそうです。さあはじまりはじまり。ベルトルト・ブレヒト作、クルト・ワイル作曲、演出は加藤直、音楽監督は萩京子、芸術監督は林光です。舞台いっぱいに設置された大階段に椅子が数脚並べられ、まずは楽士たちが登場(クラリネット・サクソフォン・トランペット・トロンボーン・パーカッション・ピアノ)。そして暗闇のマティアスが登場、彼が狂言回しをつとめることになります。あらすじについては書評「三文オペラ」をご参照ください。
 悪漢マックを中心に、一癖二癖三癖ある登場人物たちや、泥棒・乞食・娼婦・警官たちが、階段状の舞台で「俺たちの悪さなんざ、大企業や銀行の悪行に比べればかわいいもんさ」と歌い踊りながら、弾けるように所狭しと暴れまくります。その猥雑でいかがわしくてエネルギッシュな演技には圧倒されました。基本的には原作に忠実ですが、現代日本の格差社会をも射程に入れた挑発・哄笑も加えられて身につまされます。そしてこんにゃく座メンバーの歌唱力・演技力の素晴らしさは相変わらず。科白・歌詞の発音は聞き取りやすく、言葉のもつ意味を十全なかたちで聴衆に伝えるのだ、という熱い意思をひしひしと感じます。
 また岩波文庫に収められている原作を読んでおいたので、ブレヒトが取り入れた仕掛けについて多少ですが分かったのも収穫でした。たとえば、各場面の冒頭で、二人の役者が大きな布を広げるとそこにレーザーが照射され、その場面のあらすじを要約したタイトルが浮かび上がります。これに関してブレヒトはこう語っています。
 俳優はタイトルによってすでに予告された、つまり、すでに題材としての新しさではもう観客をひきつけるチャンスを奪われているこれからの舞台上の事件に、別の方法で気をひくように演じざるを得なくなる。(p.219)
 またミュージカルのように登場人物の感情が高まってそれが歌になるというのではなく、芝居を切断して歌が挿入され、独立した世界をつくっていること。そのために、歌が始まると、楽士たちの背後にある壁で電飾がチカチカと輝くようになっていました。
 あえて小言を言わせてもらえば、全員による合唱の場面で歌詞がつぶれて聞き取りづらかったこと。これは会場の音響効果か、あるいは小生の老化によるものかもしれませんが。もう一つは、これはぜひ善処してほしいのですが、プログラムに歌詞が掲載されていないこと。見終わった後でじっくりと芝居の意味を考えるためにも、ぜひ載せてほしいものです。これは挑発し考えさせる劇を追求したブレヒトの企図にも合致するのではないかな。
 フィナーレでは、役者全員が舞台からおりて客席の通路に並び、大合唱です。悪漢マックは絞首刑の直前に何の理由もなく女王陛下の恩赦で救われるが、笑っちゃいけねえ。「最後に悪は勝つ」というオペラは、われわれの社会で、もっともっと壮大なる規模で上演されているじゃねえか。
 いいですねえ、こんにゃく座。これからもご贔屓にさせていただきます。
by sabasaba13 | 2010-02-10 06:09 | 音楽 | Comments(0)
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