「インビクタス」

c0051620_654250.jpg 先日、山の神と映画「インビクタス」(監督:クリント・イーストウッド)を見てきました。舞台は南アフリカ共和国。ネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)は27年間の牢獄生活より解放され初の黒人大統領となり、黒人と白人の融和路線をとろうとしますが、前途は困難をきわめます。そうした中、ラグビーのナショナル・チームであるスプリングボクスは、近々南アで開催されるワールド・カップを前にして、その低落ぶりには眼に余るものがありました。(国際社会によるアパルトヘイトへの制裁で、国際試合ができなかったためなのでしょうか) 白人優位を象徴し、黒人からは忌み嫌われていたこのチームの凋落に対し、黒人を中心とするスポーツ評議会は、その名称・エンブレム等を変えてしまおうとします。これを知ったマンデラは、それにより人種間の亀裂と憎悪がさらに深まるのを怖れ、評議会会場に乗り込んで思いとどまるよう説得をします。これが功を奏すると、今度はスプリングボクスの活躍を通して黒人と白人の融和をとげようと考えます。近代国民国家の形成には宗教的なエモーションが必要であると指摘したのはベネディクト・アンダーソンですが、さすがはマンデラ、そのあたりの機微を理解していたのですね。ラグビーを通して熱狂的な祝祭空間を創り出し、国民的な一体感を醸成しようと、あの手この手で企図します。彼はボクスの主将フランソワ・ピナール(マット・デイモン)を官邸に招き、黒人と白人の架け橋となることを依頼するとともに、チームを黒人居住区に派遣して子どもたちにラグビーをコーチさせその意識も変えていこうとします。そして1995年のワールド・カップ本番、マンデラはボクスのユニフォームと帽子を身につけて激励をします。スプリングボクスは下馬評を跳ね返し決勝に進み、強豪のニュージーランド代表オールブラックスとの激闘にのぞむことになりました。
 実を言うと、前半の途中でストーリーの結末がほぼ見えてきました。しかし、ネルソン・マンデラの真摯でひたむきな努力、それに応える登場人物たちの変容、そして迫力に満ちた試合の場面などによって、ぐいぐいと画面に引き込まれ見入ってしまいました。まるでストレートが来るとわかっていても打てない、全盛期の村田兆治の剛速球のような映画です。私が好きなのは、なんといってもマンデラによる演説と語りのシーン。黒人政権に代わったため官邸から去ろうとする白人職員に対して、自分たちを苦しめた白人警官と一緒に仕事は出来ないと怒る黒人SPに対して、スプリングボクスの名・エンブレムを変えようと決議したスポーツ評議会の面々に対して、スプリングボクスのキャプテンに対して、マンデラのやり方を憂慮する秘書に対して、ありとあらゆる者に対して、とにかく彼は誠実な言葉をもって語りかけ和解のための説得をします。"言葉には世界を変える力がある"という、もはや打ち捨てられつつある理想にこだわったイーストウッド監督の志には拍手を送りたいと思います。そして困難な状況において、人を支える力をもつのも言葉です。タイトルとなった"インビクタス"とは、英国の詩人・文芸評論家で編集者のウィリアム・アーネスト・ヘンリー(1849~1903)の代表的な詩のタイトルで、獄中の彼を支えた言葉です。美しく力強い詩なので、プログラムからぜひ引用したいと思います。
私を覆う漆黒の夜/鉄格子にひそむ奈落の闇/どんな神であれ感謝する/私が負けざる魂〈インビクタス〉に
無惨な状況においてさえ/私はひるみも叫びもしなかった/運命に打ちのめされ/血を流そうと決して頭は垂れまい
激しい怒りと涙の彼方には/恐ろしい死だけが迫る/だが長きにわたる脅しを受けてなお/私は何ひとつ恐れはしない
門がいかに狭かろうと/いかなる罰に苦しめられようと/私はわが運命の支配者/我が魂の指揮官なのだ
 ワールド・カップを目前に、苦戦が予想され苦悩するキャプテンが、マンデラから送られたこの詩を心に刻むシーンには目頭が熱くなりました。言葉のもつ力の凄さ、あらためて痛感させてくれた映画です。
 今、世界に求められているのは、彼が実践したような和解と寛容と赦し、そして言葉の力を信じることなのかもしれません。ウィリアム・モリスの「誰も敗者とならぬ戦いに参加しよう。たとえ死が訪れても、その行ないは永遠なり」という言葉を思い出しました。

 ただあえて苦言を呈すれば、アパルトヘイト体制下の状況を、実写をまじえながら挿入すれば、マンデラの置かれた状況の困難さやその苦悩をもっと深く描けたのではないかと思います。また現在の南アフリカの状況についても、どんな形であれ一言触れるべきでしょう。監督は感動の余韻をさまさないため、あるいは視点を散漫にさせないために、あえてカットしたのかもしれませんが。例えば、プログラムの中でも簡単なコメントを述べているジャーナリストの松本仁一氏が「アフリカ・レポート」(岩波新書1146)の中で詳しく報告しているように治安の崩壊は深刻な問題だし、以前に紹介した藤原章生氏による「絵はがきにされた少年」(集英社)でも困難な状況が詳述されています。
 なお、アパルトヘイト体制下で反政府運動を主導し拷問によって殺されたスティーヴ・ビコを描いた映画「遠い夜明け」(監督:リチャード・アッテンボロー)、そして彼のことを歌ったピーター・ガブリエルの「ビコ」という曲があることも紹介しておきます。そしてアパルトヘイト体制下で、われわれ日本人は「名誉白人」として遇されていたことも忘れてはいけませんね。
by sabasaba13 | 2010-02-24 06:06 | 映画 | Comments(0)
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