松本・上高地編(12):須坂(09.5)

 そしてふたたび本町通りにもどり、田中本家博物館へと向かいます。この間も、ぼたもち石に支えられた重厚な蔵や、白壁の商家をよく見かけました。
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 蝶の民俗館、富士通の前を通り過ぎると、田中本家博物館に到着です。
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 江戸中期に創業したこの家は、穀物、菜種油、煙草、綿、酒造業など手広く商売をしていた須坂藩御用達の商家で、着々と富を蓄え、財力は須坂藩を上回るものとなったそうです。約100m四方の敷地の周りを二十棟の土蔵が取り囲んでおり、三つの日本庭園と客殿「清琴閣」などの建物があり、五棟の土蔵を利用して代々伝わる収蔵品を展示しています。それではさっそく入ってみましょう。構造や木材をそのまま残す土蔵に、家人の豪華な衣装や工芸品、美術品や生活用品の民具や雛人形などが所狭しと展示されており、「近世の正倉院」といわれるのも納得。なお企画展として「暁斎・暁翠」展が開かれていました。幕末~明治期に、美人画、花鳥画、妖怪画と様々なジャンルに挑み続けた狩野派の絵師・河鍋暁斎、そして暁斎の画風を引き継ぎ、明治期に活躍した娘・河鍋暁翠。二人は、画の発想を養うために信州を旅し、ここ須坂にも立ち寄ったそうです。埼玉県蕨市にある河鍋暁斎記念美術館から借りた作品を中心に、田中家に残された作品を加えての展示、自由闊達な暁斎ワールドをしばし堪能いたしました。実は先日、その暁斎の絵に惚れこみ弟子入りをしたジョサイア・コンドル(河鍋暁英)が設計した東京池之端にある旧岩崎邸を訪れたばかりです。旅をしていると、ときどき不思議な縁が結ばれますが、これも楽しみの一つ。土蔵から外へ出ると、それほど広くない敷地に、家や蔵が肩を寄せ合うようにひしめきあっています。
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 狭い路地を歩くと、蔵の白壁、土塀、石畳、おおいかぶさる艶やかな緑が、いい風情をかもしだしていました。人目を隠すように小さな門がありましたが、解説によると、こちらの庭が気に入った殿様がお忍びでやってくる時に使った門だそうです。
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 そして池のある庭園を拝見して見学終了。売店に、「須坂町並みテクテクマップ」という手描きの観光案内が貼ってあったので撮影、これからの散策の参考にしましょう。
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 外に出てすこし先に歩くと、普願寺があります。重厚な黒門とぼたもち石の石垣、新緑にうめつくされた参道が素敵なマッチング。このあたりはお寺さんが集まっており、その中の一つ円光寺には珍しい八角形の太鼓楼がありました。
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 さてそれでは、さきほどのマップに載っていた鐘楼を見に行きますか。路地に分け入ると、公民館のすぐ近くに宝形造りの瓦屋根がついた木造の鐘楼がありました。解説によると、須坂藩の第九代藩主堀直皓によってつくられたそうです。なお、こうした江戸時代の時の鐘は、川越、出石、岩槻にも残されていました。そして本町通りとほぼ並行する劇場通りへ。名前からして、古い映画館か芝居小屋があるのかと期待していたのですが、残念ながら見当たりませんでした。(見逃しただけ?) でも豪壮な商家建築の「大和屋酒店」、見事な看板建築の「鶴田硝子店」("店子硝田鶴"という看板なので戦前の物件でしょう)、ゲスラーのような鯛を抱える恵比寿さん、白壁にはさまれた青木屋小路が見られたのでよしとしましょう。
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 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2010-03-05 06:13 | 中部 | Comments(0)
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