松本・上高地編(15):松本市歴史の里(09.5)

 さて出発です、山なみや田園風景を見るともなく眺めているとあっという間に松本に到着。時刻は14:21、ここで松本電鉄上高地線に乗り換えてめざすは「松本市歴史の里」です。おっ、自転車専用口と車体に書いてあるではありませんか。どうやら中に自転車を持ち込めるようですね。一畑電鉄で見かけて以来の心温まる光景です。
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 "夢"をぶちかましてもよかですか。I have a dream. いつの日にか、必要最小限以外の自動車がこの世から消滅し、いつの日にか、列車が満員となることがなくなるという夢が。いつの日にか、列車に自転車を自由に乗せられるようになり、いつの日にか、いたる所にひかれた自転車専用道路で移動できるようになるという夢が。そしていつか、夕日が輝く時間帯にのんびりとペダルをこぎながら帰宅できる日が来るという夢が。あまりにも突飛な願いでしょうか、いや、絶望の山から希望の石を切り出しましょう。さて、14:47発の列車に乗って、大庭駅に着いたのが14:53。ガイドブックによるとここから松本市歴史の里まで、歩いて十五分ほどです。幸い駅に「日本浮世絵・司法博物館案内図」という手描きの地図が貼ってありました。浮世絵博物館のすぐ近くなので、とりあえずその近くまで行けば、なんくるないさあ、でしょう。北方向にすこし歩いて左折すると、道案内の看板があったので、迷うことはなさそうです。途中で「飛び出し小娘」をゲット、長野県は不毛の地かと思っていたのですが一安心。
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 そして松本市や信州の近代をテーマに、江戸時代後期から大正時代末期までに建てられた5棟の文化財建造物を移築した、屋外博物館・松本市歴史の里に到着です。まず千鳥破風がどんどんどんと三つ連なる姿が印象的な旧長野地方裁判所松本支部庁舎が正面にどでんとひかえておりました。その右手の入場口でお代を支払って中に入ると、江戸時代後期に野麦街道沿いの川浦に旅人宿として建てられた宝来屋が保存展示されています。明治時代から大正時代にかけて、飛騨から諏訪・岡谷の製糸工場に向かう女工たちが宿泊した宿屋ですね。この大部屋にいったい何人くらいの女工が寝泊まりしたのだろう、そしてどんな思いでいたのだろうと考えると胸に迫り来るものがあります。
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 その隣は資料館になっていて、松本で少女時代を過ごした川島芳子のゆかりの品を展示する川島芳子記念室があり、また『あゝ野麦峠』で知られる作家山本茂実に関する資料や、鉄条網の一部、斧、厚いフェルトの長靴などシベリア抑留に関する資料も展示されていました。満蒙開拓団として開拓民をもっとも多く送り出したのが長野県だということを思い出しました。なお敗戦直前にほとんどの男性が軍に徴用されたので、彼らがソ連軍に捕らえられシベリアに送られたのでしょうか。香月泰男の絵の深くて暗くて重いマチエールがふと脳裡をよぎります。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2010-03-08 16:57 | 中部 | Comments(0)
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