松本・上高地編(16):松本市歴史の里(09.5)

 その奥には大正時代に建てられ、1995(平成7)年まで使用されていた座繰製糸工場(元昭和興業)が展示されていました。内部の設備・機械類も含めて移築され、現在でも実演できるように動態保存されているとのことです。長い机に繭を煮沸する鍋がいくつも設置され、生糸をほぐして縒り、蒸気で動く糸車にまきとらせるという工程がよくわかりました。毛虫の分泌物と女工たちの繊細な指使いが、この国の近代化と軍国化を支えたのだなあと、あらためて痛感しました。身を粉にし、家族のため国のために生糸を紡ぎつづけてそして使い捨てられた女工たち、その行為はどのような形で報われたのでしょうか、あるいは… なお以前に訪れた飛騨古川に、女工を募集に来た製糸会社の職員が定宿としてよく利用していた旅館「三つ八」、"二月もなかばを過ぎると 信州のオカヤに向かう娘たちが ぞくぞくと古川の町へ 集まって来ます みんな髪は桃割れに 風呂敷包みをけさがけにして 「トッツァマ・カカマ達者でナ」 それはまるで楽しい遠足にでも 出掛けるように元気に出発して 行ったのでございます"と刻んであった「野麦峠の碑」、寄進した製糸会社の関係者や女工の名が散見される本光寺の玉垣があったことを思い出します。
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 その隣にあるのが1926(大正15)年に築造された松本少年刑務所の旧独居・雑居棟。1989(平成2)年まで青少年受刑者及び未決拘禁者を収容するために使用されていたそうです。
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 そして1908(明治41)年に築造された旧長野地方裁判所松本支部庁舎を見学。大日本帝国憲法(明治憲法)下で裁判が行われた法廷で唯一現存するもので、検事が座る位置が壇上であることが特徴だそうです。その前にあるのが、江戸時代後期に築造された武家住宅。作家・社会運動家の木下尚江の生家で、松本市北深志にあったものを移築して展示してあります。
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 というわけで、これまで見物したことのある類似の博物館、明治村、北海道開拓の村江戸東京たてもの園にくらべて規模は小さいのですが、それなりに充実した屋外博物館でした。これからもコレクションが増えていくことを切に願います。できうれば、大逆事件、満蒙開拓団、シベリア抑留がらみの物件が加わるとよいのですが、ちょっと難しいかな。さてそれでは、旧山辺学校校舎のある教育文化センターへ向かいますか。松本駅からかなり東の方にあり、昨晩調べたところでは路線バスの本数はきわめて少ないのでタクシーを利用するしかありません。雨も降りそうなので、思い切ってここからタクシーに乗ることにしました。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2010-03-09 06:13 | 中部 | Comments(0)
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