下館・益子編(4):下館(09.8)

 それではもうすこし町を彷徨いましょう。記念館の前には、ファサードの片側に塔のある薬局がありました。一時期、このあたりで人目をひきつけるために、ブームになっていたのかもしれません。国道50号線を東へすこし歩くと、またまたけったいな建物にでくわしました。三階建てのモルタル建築で、立方体の積み木を三つ縦に重ねた感じで、円形・半円形の窓などアール・デコの香りもそこはかとなく漂っています。そして一番てっぺんには宝形造りの屋根がのっかっていました。いわゆる帝冠様式ってやつですか。解説によると、江戸時代から醤油・味噌の醸造を営んできた荒川家の個人住宅だそうです。これほど外連みにあふれる住宅にはなかなかお目にかかれません。恐るべし、下館。
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 この通りと、すこし歩いて左折したあたりにも、袖蔵をともなった古い商家が散見されます。中でも周囲を圧する威容は、中屋製菓株式会社の店蔵造り。重厚な棟の居宅と煉瓦塀のある蔵、それをつなぐアーチ型の看板がちょっとしたアクセントになっています。
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 その先には元禄期に建てられた薬師堂、龍の彫り物がお見事です。
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 隣の三峰神社の狛犬(狐?)はまるでエイリアン、肋骨がくっきりと浮かんだ異形で、こちらを睥睨していました。なおこちらには火の見櫓がありましたが、半鐘がぶらさげてあるので現役かもしれません。
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 そして板谷波山記念館まで戻り、ここから大通りを駅へと向かいますか。以前にこの通りの脇道で堂々とした火の見櫓を見かけたのを思い出したので再訪してみると、健在でした。旧友にめぐりあえたようで何か嬉しい気分です。なお今回気づいたのですが、道路をまたいで立っておりその下を自動車が通り抜けられるようになっているのですね。ひのけん(火の見櫓研究会)のみなさん、これは珍品ではないですか。ご教示を乞う。それにしても味のある景観ですね。「蔵には火の見櫓がよく似合う」と言ったのは小林秀雄でしたっけ(嘘)。なおこの通りには青木繁の"CERAMIC MUSEUM"が二点(「日本武尊」「わだつみのいろこの宮」)ありました。
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 しもだて美術館の前では、若人が壁に向かって黙々とスパイクの練習をしていました。昔日、「ミュンヘンへの道」を見てバレーボールに憧れながらも、「金も欲しいし名誉も欲しい、さらにもすこし背も欲しい」と断念したほろ苦い記憶がよみがえってきました。おいちゃんの分まで頑張ってくれい。その近くにある田中稲荷愛宕神社(何というネーミングだ)から摩訶不思議なオーラが発せられているのを霊界アンテナがキャッチ、さっそく寄ってみると、そこにあった建物の正面上部に、みごとな鏝絵で稲穂と蝶(蛾?)と「稲荷町児童会館」という字が描かれていました。
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 神社を守護する一対の狐ですが、こちらも痩身で、面構えはまるで河童。このあたりの石工の趣味なのか、はたまたこの地域における風習なのか、判然としません。鳥居もまた異形で、赤く塗った二本の木に注連縄をはってあります。
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 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2010-04-18 06:24 | 関東 | Comments(0)
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