伊豆編(1):寝姿山(05.3)

 日ごろお疲れの山ノ神を慰撫するために、二泊三日の伊豆温泉旅行に行ってまいりました。知人の情報では大沢温泉ホテルがすんばらしいということでしたが、残念ながら満員で予約できず。インターネットで調べまくり、下田にある大和館が良さそうなのでここを押さえました。山ノ神もご満悦で、レンタカーの運転を頼んだら「よかろう」という色よい返事。ただ中日が雨になるのは確実な模様です。この日は読書と温泉三昧かなと思い、本を二冊持って行くことにしました。旅行に行って、どこにも行かず一日中宿で本を読んでいるって結構気持ちいいのですね、これが。ちなみに持参したのは「台湾」(伊藤潔 中公新書)と「教養の再生のために」(加藤周一+ノーマ・フィールド+徐京植 影書房)。
 第一日目は快晴。スーパービュー踊り子号グリーン車で下田へ。とはいっても窓の上部が少し屋根にかかるだけ。「どこがスーパービューだ、責任者を呼べ!」と食って掛かろうとしましたが、アテンダントが差し出す珈琲一杯で懐柔されてしまう健気な、わ、た、し。約3時間で到着です。伊豆半島東海岸を南下する時の眺望は素晴らしいですね。レンタカーの準備ができていないということなので、とりあえずロープウェーで寝姿山山頂へ。女性が仰向けに寝ている姿に似ているとのこと、山頂駅は胸の辺りです。
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 ここからの眺望はお勧め。下田が天然の良港であることが人目でわかります。伊豆七島も空気が澄んでいれば三宅島まで見えるとか。残念ながら春霞のためそこまでは無理でした。そしてふと眼をやれば、おおっ、灯台フリーク垂涎の的、神子元島(みこもとじま)の灯台が彼方に見えるではありませんか。1870(明治3)年につくられたもっとも古い洋式灯台の一つです。開国後、欧米諸国は江戸幕府に対して、貿易船等の安全な航行のために灯台の建設を要求します。この協定を明治政府も引き継ぎ、イギリス人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンが招かれて約9年間にわたって日本各地に近代灯台を建設しました。そのうちの最も初期のもの、かつ最も難工事であったのがこの灯台です。写真のとおり沖合にある島というより小さな岩礁に、選定した石材を運搬し建設するまですべて自力で行ったわけですから、イギリス人技師たちの苦労やストレスは凄まじいものだったでしょう。この島への定期航路はなく、釣り船に便乗させてもらうしか渡航する方法はないのですが、是非行ってみたい。
 小さな池に「お金を投げ入れると鉱毒が発生し…」という立て札がありました。成る程、そうかもしれない。でも水中にお金を投げ入れるという行為には、どんな文化的な意味があるのか気になりますね。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2005-04-13 06:12 | 中部 | Comments(0)
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