「世界でもっとも阿呆な旅」

 「世界でもっとも阿呆な旅」(安居良基 幻冬舎)読了。1970年代の後半に高校生活を送りましたが、当然の如く携帯電話もパソコンもインターネットもカラオケもゲームもコンビニエンス・ストアもない、あったとしても普及していない時代でした。よって、無為な青春の日々においていかにして金をかけずに暇をつぶすかが、高校生にとって大きな課題でした。と一般論にするのは言い過ぎかな、ま、私の周囲ではと限定しておきます。私の場合は、図書館で本を借りての読書が中心でした。他にもいろいろと工夫をしましたが、忘れられないのは地図帳を使って友人と行なう暇潰しです。あるページを開いて、一人がある地名を宣言し、だれが一番早く見つけられるか。コツは、小さな字で記された地名ではなく、できるだけ大きく記された地名を提示することです。「アペニン山脈」とかね。これはエドガー・アラン・ポーの「盗まれた手紙」で知った手法です。"知能が、あまりひどく、あまり明白にわかりきっていすぎる事がらを気づかずに過すという精神的の不注意" もう一つは、珍奇な、猥褻な地名探しを競うこと。特に後者には夢中になりました。レマン湖、ピレネー山脈のマラデッタ山、嗚呼どんなところなんだろう、いつの日にか行ってみたい、と小さな胸は夢と憧れではちきれんばかりになった…というのは大袈裟ですが、とにかく興味はありました。
 その夢を実現してくれたのが安居良基氏です。コンセプトはいたって単純、珍奇・猥褻な地名をもつ場所へ行き、その表示と己のツーショットを撮ってくる、ただそれだけ。スケベニンゲン、エロマンガ、アホ、キンタマーニ、エロマンガ島、ぷに、ハゲ、チンポー湖、ヤキマンコ、シリフケ、シリブリ、パンティ、シワ、ナンパ、オナラスカ、マルデアホ、チンボテ、マラ、クサイ島、いやはやよくぞ行ったり、ここまで"不毛"だと高貴な輝きすらおびてきます。なにせいずれも観光地とは無縁の代物、そこにたどりつくための労苦・費用・時間、たいへんなものでしょう。たとえばマルデアホ(アルゼンチン)に行くには…
 まずは日本からブエノスアイレスへ。そこから2号線でChascomus経由でDoloresまで行き、63号線に乗り換え、11号線を東南方向に向います。途中、2、3カ所、料金所があります。ブエノスアイレスから約350km、4時間ほどの道のりです。(p.91)
 また、モスクワでは二十歳ぐらいの足の長いスレンダーな美女がいきなりビール瓶をラッパ飲みするのを見て驚いたり、アエロフロートのイリューシン62の座席は前に倒れるので前の席が空いていたらそこに足を乗せられたり、と面白い旅のエピソードも満載。国内編は海外編ほどインパクトはありませんが、ヤリキレナイ川、貧乏山、馬鹿川など、それなりの物件が紹介されています。
 精神分析学者の岸田秀氏が「人に迷惑のかからないくだらないことに人生の意味を見出すのがいちばんすばらしい生き方である」と言っておられましたが、それを文字通り実践された偉業です。何の役にも立たず何の意味もない1500円の本ですが、私のかつて胸をときめかせたささやかな夢を紡ぎ続けてもらうためのサポートと考えれば安いもの。安居さん、陰ながら応援します。

 なお本書に掲載されたところで、私が行ったことがあるのは、御免(高知県)、大歩危・小歩危(徳島県)、漫湖(沖縄県)、伊武部ビーチ(沖縄県)ぐらいです。氏の足元にも及びませんね。また「線路を楽しむ鉄道学」(今尾恵介 講談社現代新書1995)によると、かつて運行されていた大社宮島鉄道に「乙立(おつたち)」という駅名があったそうです(p.157)。まだまだおもしろい地名がありそう、私も珍地名探訪の一翼を担う所存です。
by sabasaba13 | 2010-07-14 06:25 | | Comments(0)
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