「コンパクト版建築史 [日本・西洋]」(「建築史」編集委員会編著 彰国社)読了。藤森照信氏の薫陶を勝手に受けて、旅で極上の建築に出会うのが無上の喜びとなりました。しかし、いかんせん、乱雑な素材をごたごた入れてレンジでチンした程度の知識しかありません。その建物を注文し、設計し、つくった方々の思いを受け止めて味わい、歴史的な背景とからめて理解することは到底至難の業です。建築という本を読み解く基礎的な文法を知りたいなと、関連の書籍を多少は読んできたのですが、満足できるものはありませんでした。建築史業界で重要だと見なされているらしい事項をだらだらだらだらと書き綴った無味乾燥なものばかり。なぜある様式・構造・意匠が生まれたのか、その時代背景は何なのか、それが次の建築にどのような影響を与えたのか、そうしたダイナミックな建築の歴史をわかりやすく面白く教えて欲しいのですが、ど素人の虫のいいおねだりでしょうか。いや、岡田暁生氏の名言、"門外漢に理解できないような「歴史」に、いったい何ほどの意味があるのだろうか"を何度でもくりかえします。そう、何の意味もありません。
もうあきらめかけていた矢先、箱根に湯治に行く時にたまたま立ち寄った新宿の書店で見かけたのが本書です。彰国社? たしか建築専門の出版社だな。表表紙は、日光東照宮陽明門、セセッション館、ギマール設計のメトロ出入り口、そしてパルテノン神殿の復元図。おっなかなか渋い選択だな。裏表紙を見るとミラノ大聖堂、フラー・ドーム、どこかの神社、そして小菅刑務所! 人口に膾炙していなくても、歴史的に意義深い建築は正当に評価しようという著者諸氏の志にうたれ、即購入。湯治の合間にもりもりと読み終えてしまいました。 要を得た簡潔な解説と多数おさめられた写真・図版のおかげで、いままでもやもやしていた建築史への理解がかなり深まりました。例えば、日本建築で、柱の上にある斗(ます)と肘木を組み合わせた複雑な組物は、瓦を乗せるようになったため生じた巨大な上部荷重と、柱で突き上げられることで起こる破損から柱上の桁を保護しようとした工夫であるという指摘。なるほどねえ。西洋建築でよく耳にするヴォールトも、アーチを水平に連続させ上部荷重を支えるための構造であることもわかりました。洋の東西を問わず、上部の荷重をいかにして支えるかが、建築における大きな課題であったことに納得です。 西洋建築のおおまかな歴史についても、多々参考となりました。備忘のため記しておきますと、次のような流れです。 ロマネスク建築(厚い壁、太い柱、半円アーチの開口部)→ゴシック建築(尖頭アーチ、リブ・ヴォールト、フライング・バットレス)→ルネサンス建築(オーダーの使用、プロポーションの重視、厳格な左右対称)→バロック建築(巨大なスケール、圧倒的なマッス、壮大なヴィスタ、曲線・曲面の多用、不規則な形態の使用、複雑で入り組んだ空間、過剰なほどの装飾)→ロココ様式(ロカイユ装飾)→リヴァイヴァル建築(古代の建築を理想とする「新古典主義建築」と、自国の伝統の中に建築のモデルを見出そうとする「ゴシック・リヴァイヴァル建築」)この後にモダニズム建築が登場します。実はそれに関する私の知識・理解がごちゃごちゃと錯綜していたのですが、これも本書のおかげでかなり見通しがよくなりました。 アーツ・アンド・クラフト運動(様式という絶対的な概念に代わって、建築に対する主義・主張を重要視)→オットー・ヴァーグナー(アカデミズムの立場から近代建築を唱えた最初の建築家、「実際的でないものは美しくない」という言葉に代表される「必要様式」を提唱)→セセッション(過去と分離し、新しい芸術を追求)+アドルフ・ロース(建築における装飾を否定し、平滑な壁面と開口部によって構成される建築を提唱)→各国における近代建築運動(イタリアの「未来派」、ドイツの「表現主義」、ロシアの「構成主義」。オランダの「デ・ステイル派」からの影響も大きい)→バウハウス(ヴァルター・グロピウスL.ミース・ファン・デル・ローエ)→インターナショナル・スタイル(モダニズム建築を、世界共通の概念として広めようとする動き。機能優先の平面計画、近代設備による衛生面への配慮、単純な箱型の形態、平滑な壁面、表面装飾の排除が特徴)→第二次世界大戦下における国家主義化の進行と歴史主義への回帰、モダニズム建築家たちのアメリカへの亡命これに加えて、アール・ヌーヴォ、ドイツ工作連盟、フランク・ロイド・ライト、アール・デコといった動きについての言及もわかりやすく的確なものでした。ただル・コルビュジエと、前述のモダニズム建築興隆の流れがどう関わっていたのかについて詳しくふれられていないのがちょっと残念。 また時代や様式を代表する建築を詳細に解説する「Close-up」のコーナーでは、実際に見学できる物件を取り上げているのには見識を感じます。たとえば鎌倉時代の禅宗様では、普通「円覚寺舎利殿」が紹介されますが、実は内部の見学はおろか接近することさえできません。本書ではそれに代わり、近くで観察できる正福寺地蔵堂(東京都東村山市)を取り上げています。大仏様では浄土寺浄土堂(兵庫県小野市)を、折衷様では浄土寺本堂(広島県尾道市)を取り上げているのも、内部の見学が可能ということでナイスな選択です。 旅に出て、素晴らしい建築に出会い、「これいいなあ、好きだなあ、素敵だなあ」と嘆息するのも勿論いいことだと思います。しかし一歩進んで、その建物を建てた人々の思いや試み、時代背景との関連、受けた影響/与えた影響にまでこちらの考えが及べば、建築ウォッチングももっと楽しくなることでしょう。そのための手頃で役立つ先達となる一冊、お薦めです。
by sabasaba13
| 2010-09-19 06:25
| 本
|
Comments(0)
|
自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
カテゴリ
以前の記事
2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 お気に入りブログ
最新のコメント
最新のトラックバック
検索
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||