明治神宮編(1):(09.11)

 明治神宮文化館宝物展示室で開かれた菱田春草展を見たついでに、明治神宮をぶらっと徘徊してきました。東京には長いこと住んでおりますが、実はこちらを訪れたことがありません。話の種と後学のため、寄ってみることにした次第です。まずは山手線でJR原宿駅へ。三角の切妻屋根が縦横に組み合わされ、愛らしい小塔がちょこんと乗ったキュートな駅舎です。何でも1925(大正14)年竣工の、都内最古の木造駅舎だそうです。駅前は、おいおいどこが少子化だよ、と減らず口を叩きたくなるほどの数多の若者で賑わっていました。しっかり勉強せいよ青少年諸君、とえらそうに呟きながら神宮橋を渡ると、もうそこは明治神宮。右手には山手線、左手には鬱蒼と広がる木立、数分ほど歩くと駐車場、観光バスから次々と外国人観光客が降りてくるのが印象的でした。東京を代表する観光スポットとして定着しているようですね、理由はわかりませんが。休憩・軽食コーナーのメニューに「御神酒」とあったのには笑ってしまいました。
c0051620_6254786.jpg

 そして文化館宝物展示室に到着です。展覧会を見終わり、受付で明治神宮の地図をもらって、散策を開始。
c0051620_6261066.jpg

 まずはスーパーニッポニカ(小学館)から引用します。明治神宮とは何ぞや。
 東京都渋谷区代々木神園町に鎮座。明治天皇・昭憲皇太后を祀る。1920年(大正9)11月創建。1912年(明治45)7月明治天皇が亡くなり、14年4月その皇后昭憲皇太后が亡くなったあと、国民の間からその神霊を祀り、遺徳を慕い敬仰したいとの気運が高まり、翌15年明治神宮造営局官制が公布され、江戸初期以来、大名加藤家、井伊家の下屋敷の庭園であり、明治時代に代々木御苑とされ、明治天皇・昭憲皇太后ゆかりの当地を選び造営することとした。その境内約70万平方メートルの造園整備は全国青年団の勤労奉仕によりなされ、その樹木365種、約12万本も全国より献納された。30万平方メートルに及ぶ外苑は26年完成。
 というわけでした。ところで「皇太后」とは天皇の母をさしますよね。あれれ? 彼女は明治天皇の細君のはずですが。別に興味もないのでこれ以上触れませんが、インターネットで検索するとすぐわかります。「権力・権威を有する者が決めたことは、たとえ間違っていても変えない」という政治文化のなせる技のようですね。お土産屋の前を通り過ぎると、南参道と合流します。そして右手に歩いていくと奉納された酒樽が連なっています。日本の神ってほんとに大酒飲みなのですね、あるいは世界共通なのかしらん。その体面に奉納されたワインの樽が並んでいたのには驚愕。何でもブルゴーニュ名誉市民の日本人実業家の呼びかけで、当地方から献納されたそうです。
c0051620_6263344.jpg

 そして左折すると、解説曰く日本一の大鳥居が屹立していました。なるほどでかいことはでかい、でも先日読んだ熊野古道に関する本に、熊野本宮本社の鳥居が日本一と書いてありました。後日さっそく調べてみました。こうした即物的な情報を調べる際にはほんとインターネットは便利ですね、すぐ判明しました。木造日本一は厳島神社の鳥居で高さ16m。鉄筋コンクリート造日本一は熊野本宮大社の鳥居で高さ33.9m。ちなみに明治神宮の鳥居は高さ12m。はい、日本一ではありませんでした。これも「権力・権威を有する者が決めたことは、たとえ間違っていても変えない」という法則があてはまる事例かもしれません。でもいいかげんに「過ちて改めざる、これを過ちと謂う」という古賢の言葉を銘肝しませんか。

 本日の二枚です。
c0051620_627088.jpg

c0051620_6271868.jpg

by sabasaba13 | 2010-11-08 06:28 | 東京 | Comments(0)
<< 明治神宮編(2):(09.11) 言葉の花綵39 >>