明治神宮編(3):(09.11)

 小川を渡ると宝物殿に到着です。1921(大正10)年竣工で、設計は大江新太郎。「建築探偵 神出鬼没」(藤森照信 朝日新聞社)によると、校倉造を御影石で表現した傑作で、「この良さを普通の人に理解してもらうのはとても難しい。数学の難題を解いた数学者の偉さを、難題のどこが難題だか分からない人に説明するのと同じくらい難しい」(p.29)というコメントがありましたが、はい、理解できませんでした。
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 山ノ神が目敏く見つけたのが、鳥除けのために梁に埋め込まれた無数のとげとげ。この列島の始原的信仰は、「神は自然に宿る。自然を損傷すると神が怒って災いをもたらすのでそれはやめよう」というシンプルな、ある意味では素晴らしいものだと勝手に理解していますが、この措置を見るとずれを感じますね。やはり国家神道は、そうした信仰とは断絶した形で人為的につくられたものなのでしょうか。入口のところには「大鳥居の切株」が展示されていました。台湾丹大山産の桧で、現在のものは二代目、初代の大鳥居も台湾阿里山産のものだそうです。なお解説に"我が国で最も大きい木造の「明神鳥居」"というエクスキューズがあったことを付記しておきます。ということは厳島神社の鳥居は「明神鳥居」ではないのでしょうか。ま、もし暇があったら調べてみます。
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 さてそれでは中に入って展示を拝見しましょう。明治天皇ゆかりの机、文房具、箪笥、書籍、装束、馬車、調度品などが陳列されていますが、ひときわ目につくのが現天皇にいたるまでの125代、歴代全天皇のリアルな肖像画です。画家は馬堀法眼善孝、荒唐無稽なばったもんなどと批判してもはじまりません。そのようなことは重々承知の上で、淡々と誠実に描き上げた彼の胆力に敬意を表しましょう。ほとんど同じような顔なのですが、個性的な天皇に関してはそれなりに表現しようとする努力の跡もうかがわれます。花山天皇の神経質そうな感じとかね。あっ、確認するのを忘れてしまった。北朝の諸天皇、光厳-光明-崇光-後光厳-後円融は描かれていたのでしょうか。もし描かれていたのだとすればその扱いは? 南朝を正当な皇統だとすると、北朝の末裔である天皇家の立場がなくなるというジレンマとも関連する大事なポイントなのにね、己の迂闊さに恥じ入る次第です。もう一度行って確認すればよいのですが、あの警備員の所業を思い出すとその意欲が萎えてきます。ご存知の方、ぜひご教示を。
 そして緑の木々に囲まれた北池を渡り、木立の間をしばらく歩くと、先ほどの文化館に到着。その先の駐車場には右翼の街頭宣伝車が停めてありました。単なる偶然? 表敬訪問? 明治神宮の系列組織? 詳細はわかりませんが、神社と右翼の関係、これは興味深いテーマですね。
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 というわけで徘徊は終了。2008年の初詣で319万人が押し寄せ、みごと日本一の座を守り抜いた人気スポット・明治神宮(ちなみに二位は成田山新勝寺の298万人、三位は川崎大師の296万人)。その魅力は…よくわかりませんでした。原宿が近いからなのかなあ。ただ一つ心に残ったのは、都心にこれだけの見事な森を人為的につくったということです。これは凄い。やればできるのだなあ、と感じ入りました。宗教色抜きでこうした試みがもっと為されてもいいと思います。菱田春草が描いたような普通の森になったら、また訪れましょう。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2010-11-10 06:27 | 東京 | Comments(0)
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