養老渓谷編(4):(09.11)

 ここは漢学者の日高誠実(のぶざね)の邸宅があったところです。1886(明治19)年、50歳になった彼は、陸軍省を辞し理想郷梅ヶ瀬を建設すべくこの地に居を移し、植林・養魚・畜産等に力をつくすかたわら、梅ヶ瀬書堂を開校し、近郊在住の師弟に国漢・英数・書道・剣道等を教授したそうです。しかし地の利があまりにも悪く、台風や豪雨のたびに荒廃し、志も潰え、1915(大正4)年、80歳の生涯を閉じることになりました。今では住居の痕跡さえ見あたりませんが、中央にモミジの古木が三本屹立し、錦のような落葉がある明治人の夢の跡を優しく覆い包んでいました。ただ、これも責任の一端は私にもあるのですが、わやわやと大変な人出で閑寂を味わい追想にふける雰囲気ではありません。晩秋の雨上がりの朝早く、また来てみたいものです。
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 一休みして、それでは帰路へと向かいましょう。さきほどの分岐点に戻って左折、今度は急なのぼりの山道が続きます。ああトレッキングシューズにするべきであったなあ、と履き古したテニスシューズを眺めていると、前の歩いている女性の足元が目に飛び込んできました。踵の高いロングブーツ! 六本木からワープしてきたような派手な服の若いカップルはそれでも楽しそうに逞しく、きゃはきゃは談笑しながら急峻な坂をのぼっていきます。複雑骨折をしないようにと祈念しながら追い越し、さらに進むともみじ谷です。ま、たしかにたくさんのモミジが群生していましたが、あまり奇麗な色ではありませんでした、ちょっと残念。
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 そしてもみじ谷を過ぎると(14:11)、尾根づたいの道となりますが、紅葉も少なく眺望もよくないので、ここは一心不乱にがっしがっしと歩き続けるのみ。
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 やがて車道に合流(14:25)、そこには食べ物・飲み物を売る出店、休憩所、そして待望のトイレがありました。ああ助かった。さてこれからこの無粋な道を、あの忌まわしい移動手段が唸りをあげて行き交うのを見ながら歩きゃないかんのか、やれやれ、チャーリー・ブラウンだったら絶対に"good grief"とぼやくだろうな、などと思いながら見晴らしの道という車道を歩きはじめましたが、どうしてどうして。
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 風情はないものの、見事なモミジの並木がずっと続いています。15:09の列車にはもう間に合わないので、紅葉を愛でながらのんびりと歩いていくことにしましょう。女ヶ倉(めがくら)橋からは紅葉で染まった山々を眺望できました。
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 そして往路と合流して、さきほどのバス停留所に着きました。すこし待てば臨時のバスがあるようですが、時間もあるし最後まで歩きとおしましょう。黒川沼のあたりで来た道とは違う道へ折れると、宝衛橋と並んでかかる渓谷橋のたもとに着きました(15:23)。その手前にある馬頭観音には、花入れに赤いモミジと黄色いイチョウの紅葉がさしてありました。粋な御仁がいるものです。
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 そして橋を渡り、踏切を渡って、さきほどのモミジのトンネルをくぐり駅に到着(15:31)。約三時間強の楽しいハイキングでした。

 本日の五枚、一番上が日高邸跡です。
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by sabasaba13 | 2010-11-17 06:28 | 関東 | Comments(0)
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