日本橋七福神編(3):(10.1)

 そして福禄寿・弁財天を祀る小網神社に着きました。
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 というわけで、水天宮からここまで、寄り道しながらのんびりまわって約一時間十分、見どころが少ないのが難点ですが、お気軽お手軽にめぐれる七福神として推奨します。まだ陽も高いので、オプションとして日本橋方面をぶらついてみましょうか。小網神社から西へ、無粋な首都高速一号線をくぐって右手の路地に入ると、三浦按針屋敷跡の記念碑があります。スーパーニッポニカ(小学館)から引用しましょう。
 三浦按針(1564-1620) 日本に最初にきたイギリス人とされるウィリアム・アダムズWilliam Adamsの別称。少年期造船所に勤め、やがて水先案内となる。イギリス艦隊に船長として従事したのち、オランダに渡り、1598年司令官ヤコブ・マフの率いる東洋遠征船隊に水先案内として乗船、五隻からなる同船隊は途中四散したが、彼の乗船したリーフデ号は太平洋を横断し、1600年4月19日(慶長5年3月16日)豊後臼杵湾の佐志生(さしう)と推定される地点に漂着した。彼は船長の代理として大坂に赴き徳川家康と会い、家康の命令を受け、船を堺より関東の浦賀に回航した。かねてから関東貿易の開始を熱望する家康はアダムズとの会談を通じ彼にその期待をかけ、日本橋の近くに屋敷を与え、また浦賀の近くの三浦半島の逸見(へみ)に知行地を給した。三浦按針の名はこのようにして生まれた(按針とはパイロット=水先案内の意)。
 アダムズは、同僚のヤン・ヨーステンとともに、まさに家康の外交顧問的存在となり、家康に数学、幾何学の初歩を教授するほか外交の諸問題に関与し、反カトリックのオランダ、イギリスの対日通商開始を側面より促進したばかりか、朱印状を受けて東南アジアに渡航した。また伊豆の伊東でイギリス型帆船を建造したことは有名である。彼はイギリス人ながらイギリスの対日通商政策とは意見を異にするなど、国際人として家康外交の展開に重要な役割を演じた。日本人を妻としたが、元和6年4月24日、55歳肥前平戸で病死した。妻は馬籠勘解由(まごめかげゆ)の娘といわれ、夫妻の墓は按針塚と名づけられ、逸見に近い塚山公園にある。
 余談ですが、同僚のヤン・ヨーステン(耶揚子[やようす])の屋敷があったところから、八重洲という地名がつけられたそうですね。
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 そしてさらに西へと数分歩くと日本橋に到着です。橋中央に日本国道路元標(橋の袂にレプリカ展示)がある、1911(明治44)年に建造されたルネサンス風の名橋ですね。たおやかな二連のアーチ、華麗な装飾の欄干など、たいへん素晴らしい橋なのですが…んが…なぜその上に高速道路をつくって景観を粉微塵に破壊するという愚行を犯したのか。(1963年建設) 日本橋に空を取り戻す運動もあるようですが、この際、この状態で永久保存してもいいかもしれませんね。景観や暮らしやすさを蔑ろにして、経済を優先させた時代の象徴として。ま、でもこの程度の反面教師では、いまだに経済成長を追い求める私たちを反省させるには役不足かもしれません。
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 日本橋を渡ってすぐ左手には野村證券ビル、その先には三菱倉庫ビルと、風格のある戦前のビルが続きます。
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 日本橋郵便局には「郵便発祥の地 ここは明治四年三月一日(1871年4月20日)わが国に新式郵便制度が発足したとき駅逓司と東京の郵便役所が置かれたところです」という記念プレートがありました。その近くには、「郵便は世界を結ぶ」「1971 郵便創業100年記念」と記され、地球を支える人たちのオブジェが乗る立派なポスト。
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 その先には兜神社、そして東京証券取引所があります。マイケル・ムーア監督だったらここにも"CRIME SCENE DO NOT CROSS"という黄色いテープをまくだろうな。いや人任せにしてはいけない、われわれ自身でまかなければ。
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 再び日本橋に戻り、日本銀行本店を見にいきますか。途中にあったのが東洋経済新報社。ディスプレイには、ここで活躍した歴代記者の紹介がありました。三浦銕太郎、石橋湛山、長谷川如是閑、清沢洌、いやはやこうしてみると錚々たるメンバーですね。近現代日本における最も良質なジャーナリストたちをはぐくんだのがこの会社だったことをあらためて痛感します。他にも、片山潜(労働運動・共産主義運動の指導者)、尾崎士郎(「金色夜叉」の作家)、伊藤正徳(軍事評論家)、松本烝治(憲法改正案を作成)、大河内正敏(理研コンツェルンの創始者)、蝋山政道(政治学者)、町田忠治(民政党総裁)など、意外な人物も名を連ねているのには驚きました。たいした懐の深さです。
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 そして辰野金吾設計の日本銀行本店に到着、こちらは事前に予約しないと見学はできません。今日は塀の外から遠望するだけ、日をあらためて再訪することにしましょう。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2010-12-28 07:40 | 東京 | Comments(0)
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