中山道編(3):笠取峠(10.1)

 そして10:40に笠取峠に到着、峠の茶屋は当然の如くお休みでした。座って休めるところもないので、もう少し先まで行ってしまいましょう。
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 ここからは東へと下っていきますが、前方はるか遠くに雪をかぶった峰々が陽光を受けて輝いています。浅間山をふくむ連山ですね。下りていく途中、左手にあったのが一里塚(複製)、赤松の古木が往時の名残をとどめています。
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 そして右手に笠取峠の松並木が見えてきました。解説板によると、1602(慶長7)年から江戸幕府は中仙道の整備に着手(「中山道」となったのは1716年以降)、その一環として下付された赤松数百本を小諸藩が植栽し、以後同藩によって補植・保護がなされてきたとのことです。箱根の松並木にくらべてやや見劣りがしますが、それでも古木をまじえた松並木がいい景観をつくりだしていました。国道と並行する並木道をしばらく歩き、国道を横断して今度は左手へと続きます。そこに東屋とベンチがあったので一休み。トイレもありますが、冬季閉鎖でした。なお長久保宿からここまでトイレはここだけでしたので、ご留意を。松籟に旅情をかきたてられながら、水を飲み紫煙をくゆらして休憩。
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 こちらにはいくつかの石碑があり、その一つに「和宮東下の行列」の様子を刻んだものがありました。公武合体のため将軍徳川家茂に降嫁された孝明天皇の妹、和宮は中山道を江戸へと向かったのですね。またその先には若山牧水の歌碑もあります。「老松の風にまぎれず啼く鷹の聲かなしけれ風白き峰に」「岨道のきわまりぬれば赤ら松峰越の風にうちなびきつつ」
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 そして再び国道に合流、このあたりからは浅間の峰々がきれいに見えました。国道を横断してすこし歩くと、そこが芦田宿。11:26に到着です。本陣をつとめた土屋家住宅や、金丸土屋旅館など、往時の俤を偲ばせる古い建物がいくつか残されています。
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 そして左手に浅間の山なみを遠望しながら東へと歩いていくと、途中で道祖神と火の見櫓を発見。余談ですが、長野県における火の見櫓の残存状況ははんぱではないですね。きちんとした調査が行なわれているのかどうか、寡聞にして知りませんが、私の拙い経験則では日本有数だと思います。
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 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2011-01-11 06:33 | 中部 | Comments(0)
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