「母アンナの子連れ従軍記」

 「母アンナの子連れ従軍記」(ブレヒト 谷川道子訳 光文社古典新訳文庫)読了。十七世紀、三十年戦争下のドイツ(といっても領邦国家や都市の寄せ集めですが)、軍隊に従って幌馬車を引きながら、戦場で抜け目なく商売をしながら三人の子を育てる肝っ玉母さんアンナ。そのしたたかさを生き生きと描いた戯曲です。まず時代設定として三十年戦争(1618~48)を選んだのがブレヒトの炯眼です。「世界史リブレット 29 主権国家体制の成立」(高澤紀恵 山川出版社)を参考にしながら、この戦争の歴史的な意味をまとめてみます。まあ一般に、カトリック諸国とプロテスタント諸国の間で行われた最後の宗教戦争、というイメージで語られています。著者の高澤氏は、もっと正確に、「神聖ローマ帝国が、強力な皇帝の一元的支配のもとに中央集権国家として歩むか、それとも皇帝は名目的な存在にとどめ独立した領邦の連合体として進むか、その二者択一をかけた戦いであった」と述べられています。私なりの解釈では、ローマ教皇と神聖ローマ帝国皇帝が諸国家の上に君臨するのか、あるいはそれらの権力・権威を否定し、諸国家がそれぞれ自立した至高の存在となるのか、をめぐる戦争であったと思います。周知のように、この戦争の結果結ばれたウェストファリア条約(1648)は、前者の道を葬り去ることになりました。つまり国家が絶対的で恒久的な権力である主権を持つことが認められたわけですね。ぶっちゃけて言うと国家の判断で、お手軽に戦争ができるようになったのです。そして戦争という「緊急事態」の恒常化が、王権に広範な自由裁量権を与え、人・武器・資源の動員、徴税機構、軍事行政の整備といった国家装置の発展に寄与していくことになります。「ジャズと自由は手をつないで歩く」と言ったのはセロニアス・モンクですが、彼の言を借りれば「国家と戦争は手をつないで歩く」というわけです。ブレヒトもこの劇中である人物の口を借りてこう言っています。
 戦争のあるところだけだよ、ちゃんと帳簿があって、記録があって、履物は何箱、穀物は何袋、人間も家畜も勘定できて、すぐに動員できるようになっているのは。秩序なくして戦争はできないってことを、知っているからだ。(p.10)
 もうひとつ。"果てしなく利潤を手に入れるために、必要もないものを大量に作って消費させる"のが資本主義の本質だとしたら、その最大の消費を生みだしてくれるのが戦争です。その犠牲となる民衆がいるとともに、その余沢にあずかる民衆もいるということも忘れてはいけません。「国家と戦争と資本主義は手をつないで歩く」のでしょう。ブレヒトの視線はここまで届いています。
 お偉方の話を聞いてると、戦争は神様への畏怖の心や、善いこと、美しいことのためにやっているみたいだけど、よーく見ていると、あの衆だって馬鹿じゃない、儲けるためにやってるんだよ。でなきゃ、私ら下々の者がついてくはずないもの。(p.57)
 こうした関係が作り出されるきっかけとなったのが三十年戦争だとしたら、そのひとつの終着点が第二次世界大戦です。この戯曲が書かれたのは1939年、ヒトラーが東欧や北欧への侵略を開始し、ブレヒトの新たな亡命先スウェーデンにまで攻め入ってこようとする年です。三十年戦争のせいでドイツの発展が二百年遅れて、この後進性がヒトラーを生む機縁になった、という意見もあるとのこと。ドイツに大きな傷跡を残したこの二つの戦争、ブレヒトはこの二つの時空を行き来しながら、国家と戦争と資本主義について辛辣な言葉を紡ぎだしていきます。それではその呪詛をいくつか紹介しましょう。
 戦争も初めは馴染めんものかもしれん。いいことっていうのは何でもそういうものだ。だが一度花を咲かせれば、後は満開。平和と聞いただけでギョッとするようになる。サイコロ博打と同じだよ。やめたら負けた分の勘定、払わなきゃならんからな。戦争に尻込みするのは最初の頃だけ、まだ馴染んでないからだ。(p.11)

 曹長:入隊すれば、素敵な帽子と長靴が貰えるぞ。
 アンナ:「一緒に釣りに行こう」って、漁師がエサのミミズに言うようなもんだ。(p.20)

 賢くなるってのは、おっ母さんのとこに留まって、馬鹿にされようが、ヒヨッコと言われようが、笑ってやり過ごすことだよ。(p.25)

 主イエス様は、五つのパンを五百にする奇跡の力をお持ちでしたから、食べることに窮することはありませんでした。だから「汝を愛するように隣人を愛せよ」と要求なさることも、おできになったのでしょう。(p.37)

 料理人:大食らいではあるが、無能っていうのはなぜだい?
 アンナ:勇敢な兵隊が入り用だって言ったからよ。作戦計画のちゃんとした司令官なら、なんで勇敢な兵隊なんぞがいるの? 並の兵隊で十分なはずでしょ。手柄の美談なんぞがたくさん必要だなんて、どこか腐っている証拠よ。
 料理人:うまくいっている証拠だと、思っていたがね。
 アンナ:いいえ、どこか腐っている証拠よ。司令官や王様が愚かで部下を窮地に引っぱり込むから、決死の勇気なんていう美徳が必要になるし。ケチで少ししか兵隊を募集しないから、兵隊はヘラクレスみたいに強くならなきゃならない。上に立つ者が能なしで配慮が足りないから、兵隊は死なないように、蛇のように賢くならなきゃならない。人に頼りすぎるから、特別な忠義が入り用になる。ちゃんとした国や、いい王様や司令官なら、必要のない美徳ばかり。いい国には何の美徳もいりはしない。誰もが普通の中ぐらいの人間でいい、臆病者でもかまわないのよ。(p.39)

 誰が負けたって? お偉方の勝ち負けがそのまま下々の勝ち負けになるとは限らないよ、まったく別さ。上の連中の負けが下の連中の得になることだってある。面目がつぶれるだけでね。(p.64)

 腹立ちも、もう煙になりかけてきたってこと。つまりは短い怒りだった。もっと長い怒りが必要だったのに、さーて、どこからそれを手に入れたもんだろうねえ? (p.92)

 平和はねえ、穴あきチーズの穴とおんなじ、戦争というチーズを食いつくしてしまったら、穴はどうなります? (p.108)

 本日の一枚は、プラハのカレル城で撮影した、三十年戦争のきっかけをつくった窓です。1618年、神聖ローマ帝国の属領ベーメン(ボヘミア)王フェルディナントが信教の自由を否認して新教徒迫害にのりだし、激昂した新教貴族が、この窓から王の代官をなげとばしたのが発端です。
「母アンナの子連れ従軍記」_c0051620_6103612.jpg

by sabasaba13 | 2011-01-28 06:11 | | Comments(0)
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