丹波・播磨・摂津編(6):龍野(10.2)

 さてそれでは文学の小径へと向かいましょう。さきほど歩いてきた坂道をくだると、途中に小さな動物園があり、鹿や猿たちが所在なさげに遠くを見つめていました。高村光太郎ではありませんが「人間よ、もう止せ、こんな事は」と言いたいですね。道路を渡ると文学の小径で、まず「赤とんぼ歌碑」があります。その作詞者が龍野出身の詩人・三木露風で、となりに彼の銅像もありました。センサーが察知したのか♪夕焼小焼の赤とんぼ負われて見たのはいつの日か♪というメロディが流れはじめました。んっとにいい曲ですねえ、無人島で口ずさむ曲を選べと言われたら、わたしゃ躊躇なくこれか"朧月夜"か"Imagine"を選びます。
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 おっと和んでいる場合ではない、先を急ぎましょう。この遊歩道は山の中腹をめぐるように整えられ、見事な桜並木がつづきます。春に訪れたらきっと素敵でしょうね。しばらく歩いていくと、砲弾を頭頂部に乗せた忠魂碑がありました。
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 そして四月の第一または第二日曜日には時代絵巻武者行列がくりひろげられるという龍野神社に到着。
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 そのすこし先にあるのが聚遠亭、松平定信が来遊したときに、ここからの眺望を讃えて「聚遠の門」と呼んだことから名づけられたそうです。心字池にある浮堂の茶室は、孝明天皇から拝領されたもの。近くには井原西鶴の句碑「花ぞ雲動き出たる龍野衆」がありましたが、彼の句碑は珍しいですね。なおここからの眺望が素晴らしいとガイドブックに書いてありましたが、木々にじゃまされてそれほどのものではありませんでした。
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 それではお城の方へ向かいましょう。「される身になってやめよういやがらせ」という立て看板がありましたが、直截的かつ具体的な表現がよろしいですね。異議なし。あるお宅の前には、もう使われていない共同井戸がありました。
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 武家屋敷跡や三木露風旧居跡を見て、龍野城を通り抜けて霞城館(かじょうかん)へ。こちらでは三木清、三木露風、矢野勘治(「嗚呼玉杯に」の作詞者)、内海青潮(反戦詩人)の遺品や資料が展示されていますが、まだ開館の時間ではありませんでした。
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 そしてふたたびカネヰ醤油・如来寺界隈へ到着。この近くには蔵造りの伏見屋書店があります。薄暗い店内に入ると、二階部分が回廊になっていました。若き日の三木清や三木露風も、ここで立ち読みしたんだろうなあ、などと想像してしまいます。
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 さあ見るべきものは見つ、あとは時間の許す限り、路地から路地へと彷徨い歩きましょう。でもなんでこんなにここの町歩きは楽しいのでしょう。コンビニエンス・ストアやチェーン店がなく、地元の商店がほどほどの商いをしている。高いビルがなく、緑なす山々を見通せ、空が広い。観光のために無理して身構えたところがなく、古い建物と新しい建物が自然に同居している。新しい家も、伝来の技法や意匠によって建てられている。吾唯足知、無理して背伸びしてシークレットシューズを履いて竹馬に乗って、利潤や流行を求めるのはやめようよ、というそこはかとない雰囲気を感じます。「店商(?)木三 物金」という古い看板や、釣り具と寝具をいっしょに商う沖商店をひやかしながら散策していると、おっそろそろ列車の時間です。アディオス、龍野。
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 本日の七枚です。
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by sabasaba13 | 2011-02-12 07:58 | 近畿 | Comments(0)
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