丹波・播磨・摂津編(7):福知山線(10.2)

 今にして思えば宮本武蔵が滞在し剣術指導をしていた圓光寺に行くのを忘れましたが、まあいいでしょう。また来る理由ができたというものです。ふたたび揖保川を渡って、本龍野駅へと向かいましょう。すると来る時には気づかなかった、オリジナルの飛び出し小僧を二人発見しました。いやはや、修練が足りませんね、自戒自戒。
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 10:11発の列車に乗り込み、10:33に姫路駅に到着。コインロッカーから荷物をとりだし、山陽本線新快速で尼崎へ。ここから長駆、丹波篠山へと向かいます。が、その前に腹ごしらえ。次の列車までそれほど余裕がないので、手軽な昼食にしましょう。駅前に出るとさいわい「かぐら」といううどん屋があったので、入店しさっそくきつねうどんを注文。いやあ昆布だしのお汁が美味美味、関西ではうどんを食べていれば間違いありません。おまけに天かす入れ放題のサービスつき、満足満腹です。
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 駅構内に入ると「忘れていませんか? キャリーバッグの存在」というポスターがありました。私はあのおぞましい物体への不快感を五年前から表明しているのですが、やっと時代が追いついてくれたか。そのとなりには、福知山線事故に対するJR西日本社長の謝罪ポスターが貼ってありました。以前からありましたが、事故調査委員会に対する働きかけや資料提出の不備についても触れているのが目新しい点です。
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 ただ「深いご不信の念を抱かせてしまいました」という、excuseにもとりうる物言いがひっかかりますね。ほんとに反省しているのかしらん。あの事故の背景には、ひたすらスピードアップを求める会社の経営方針があったのではないでしょうか。「列車の運転」(中公新書1948)の中で、著者であり運転士でもある宇田賢吉氏はこう語っておられます。
 運転士は秒針に追われて走る仕事である。現在ではスピードアップが追及されて、次駅までの残り時間と速度を勘案して調整する余裕ある運転は少なくなった。ひたすら走ってやっと定時というのが常識になりつつある。(p.260)
 こうした"経済効率"に合わせて人間の生身を切り刻み引き伸ばす「プロクルステスの寝台」的状況を、JR西日本は、そしてすべての鉄道会社は、改善しようとしているのか、そこが知りたいのですけれどね。そして13:00発、福知山線篠山口行きの快速列車に乗り込みました。あの107名の死者を出した脱線事故は2005年4月25日午前9時19分頃、尼崎駅-塚口駅間で起きたのでしたっけ。現場を視認することはできませんでしたが、しばし黙祷しました。
by sabasaba13 | 2011-02-13 07:40 | 近畿 | Comments(0)
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