丹波・播磨・摂津編(13):浄土寺浄土堂(10.2)

 浄土寺は真言宗のお寺さんで、聖武天皇の勅願によって行基が開創したと伝えられますが、その後荒廃。このあたりは大部之荘という東大寺の荘園だったので、鎌倉初期に俊乗坊重源が東大寺の播磨別所として中興しました。何といってもお目当ては、東大寺南大門とならび、全国でたった二つしか現存していない大仏様建築の浄土堂です。治承の兵火(1180)で焼失した東大寺の復興にあたり、大勧進に任じられた重源が、当時の中国建築の様式を取り入れてつくった建築様式で、東大寺大仏殿の造営にちなんでこの名で呼ばれます。たしか高校で受けた授業では、天竺様とも呼ぶと教わった記憶がありますが、インド様式と誤解されやすいので、こちらの名称がよく使われるようです。南大門の豪放・雄大な姿に惚れ込んでいるので、ぜひとも見たい物件でした。
 タクシーにはしばらく待っていてもらい、石段を上って境内に入ると、同じような堂宇が数棟ありますが、どれだろう。おっあったあった。宝形造で、反りがなく直線的な屋根、全体的に平べったいという感じの地味な外観ですが、柱上部の複雑な組物に大仏様建築の片鱗があらわれています。さっそく靴をぬぎ、入場料、もとい拝観料を払って内部へ。思いのほか、広大な空間であることにまず驚愕。そして中央に鎮座する約5メートルの木造阿弥陀三尊像(快慶作)の壮大さもさることながら、虚飾を排し、とにかく広い空間を確保するための巨大な屋根をどうやって支えるかという一点に英知と技術をかたむけた、そのダイナミックで雄渾な構造には眼を見張りました。本尊の四方に屹立する四本の太い柱、そこから直角・斜めに走る太い梁、それを支える幾重にも重なり柱に挿し込まれて肘木。「神聖にして劇的な空間をつくるために、僕たちはこの大きな屋根を力を合わせて支えているんだ、ただそれだけさ」という木材たちの、静かな合唱が聞こえてくるようです。新幹線の中で読んだフランク・ロイド・ライトの「自然の家」の一節、「不必要なものを除去するということ、あるがままの素材を用いることから美が生まれる」(p.20)が脳裡をよぎりました。ああもどかしい、いくら言葉を組み合わせ積み重ねても、この凄さを伝えることはできません。ほんとは写真を撮ってお見せしたかったのですが、むごいことに堂内は撮影禁止。「畏れ多い/罰が当たる」という呪術的理由、あるいは「絵葉書が売れなくなる」という経済的理由によって、仏像撮影を禁止するのは理解できますが、それ以外の構造部分については認めてほしいですね。それはともかく、一見の価値があるので、兵庫県を訪れた際にはぜひ寄ってみてください。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2011-02-22 06:17 | 近畿 | Comments(0)
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