丹波・播磨・摂津編(14):山邑邸(10.2)

 本物に出会えた後の圧倒的な余韻にひたりながら、タクシーに戻り、小野駅へと向かってもらいました。さて小野から神戸の中心地・三宮に行くには、ルートが二つあるようです。神戸電鉄で谷上まで行き地下鉄に乗り換えるか、あるいは粟生に戻り加古川まで行ってJR新快速に乗るか。運転手さんにお訊ねしたところ、JRの方が早いが、加古川線は本数が少ない、というお返事でした。嗚呼不覚にも、粟生駅で時刻表を撮影してくるのを失念してしまいました。しょうがない小野駅で確認しようとしましたが、JRの時刻表はなく駅員もいない… やれやれ。ホームに入線してきた粟生行き列車の運転士さんに訊ねると、うまい具合に粟生駅で連絡があるそうです。さっそく飛び乗り、粟生で加古川線に乗り換え、加古川へ。そしてぎゅうぎゅう満員の山陽本線新快速に乗り込んで三ノ宮へ。阪急に乗り換えて芦屋川に到着したのが11:18。小野からここまで二時間弱かかりましたが、当初の予定より早く着くことができました。次なる物件は、フランク・ロイド・ライトが設計した山邑邸(ヨドコウ迎賓館)です。
 芦屋川駅には学生専用の出口があったので、付近によほど学校が集まっているのでしょう。周辺の地図がなかったので、駅員さんにお訊ねすると、すぐそこを流れる川に沿って北方向に歩き、坂をのぼれば数分で着くということでした。教えてもらった方へ歩いていくと、右手の高台に、木々に埋もれるように佇む洋館が見えてきました。きっとあれですね。
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 橋を渡り、「ライト坂」と名づけられた急坂を上っていくと到着です。
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 それではフランク・ロイド・ライトについて、スーパーニッポニカ(小学館)から要約し紹介します。
 Frank Lloyd Wright (1867‐1959) アメリカの建築家で、20世紀のもっとも重要な建築家の1人。ウィスコンシン州リッチモンドセンターに生まれ、同州立大学土木学科を卒業後、1887年シカゴに出てルイス・サリバンの建築事務所に入り、多くを学んだ。93年に独立して住宅建築を中心に設計活動を開始、やがて初期の注目すべき作品、プレーリー(草原)・ハウス・シリーズを発表していく。ここでは日本建築に関心が示される一方で、水平面に延びる線、空間の流動性、緩い勾配(こうばい)の屋根と深い庇(ひさし)がもたらす陰影など、大地とのみごとな一体感が示され、高く評価された。
 住宅以外にも、ラーキン社ビル(1904)、ユニテリアン教会(1906)があり、以上の作品をまとめて1910年ベルリンで出版し、「有機的建築」に関する主張とともにヨーロッパの建築界に大きな反響をよんだ。しかし、その後の約20年間、出奔という形での最初の妻との離婚、14年のタリアセンでの召使いの放火殺人事件によるチェニー夫人と2人の子供の死など、個人的な不幸が続いたこともあって、ライトの設計活動はマヤ様式の色濃いものとなった。シカゴのミッドウェー・ガーデン(1913)、東京の帝国ホテル(1916~22)など数も少ない。
 しかし、この不世出の建築家は、1936年の「落水荘」とよばれるカウフマン邸、38年のジョンソン・ワックス本社ビルの二つの優れた仕事によってふたたびその天才をよみがえらせ、第二次黄金期をつくる。すでに70歳台であったが、当時世界的に広がりつつあった国際建築様式を消化しつつ、30~60度角の平面構成を基調にした建築を展開させて、円熟した個性とあわせて、強靱な生命力をうたわせる造形を示している。この活躍は第二次世界大戦後も引き継がれ、第二ジェイコブズ邸(1948)、プライス・タワー(1956)が作られ、ニューヨークのグッゲンハイム美術館完成直前の59年4月9日、アリゾナ州タリアセン・ウェストで没した。
 付け加えますと、彼が設計した建物はほとんどがアメリカにあり、海外で実現したのはカナダの3件と日本の6件の計9件のみだそうです。カナダの作品はすでに現存しないので、日本はアメリカ以外でライトの作品に接することのできる唯一の国ということになります。その6件のうち現存するのは、駒沢の旧林愛作邸(1917)、芦屋の旧山邑邸(1924)、明治村に玄関部分のみ移築された帝国ホテル(1916~22)、西池袋の「自由学園明日館」(1921)。なお旧林愛作邸は、現在、電通の社宅「八星苑」となっていて非公開だそうです。よって山邑邸を見学すれば、日本におけるライト作品を制覇したことになります。「それがどうした」と言われれば、"So it goes on"としか答えられませんが。
by sabasaba13 | 2011-02-23 06:13 | 近畿 | Comments(0)
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