丹波・播磨・摂津編(18):清荒神(10.2)

 さて名残りは尽きねど山邑邸を後にし、ライト坂をおりながらこれからの行程を検討。予定より多少余裕ができたので、思い切って富岡鉄斎美術館に行ってみることにしました。「自然の家」と並行して読んでいる『日本の近代美術』(土方定一 岩波文庫)に次のような一節があったのにも後押しされました。
 刻むような強い筆触による形体の独自なデフォルマシオン、筆触を駆使した独自な面構成、大きな大胆な構図をもち、ときにあふるる動物精気を思わせる直接的な感動を、われわれに与える画面になっている。それに、日本の伝統美術、ことに大和絵の緑、青、赤の色彩が加わっている。造形を発見する天才者であった鉄斎は晩年になればなるほど、この作家の研究と気魄が重なり、造形のメカニズムを駆使する熟練工の感があり、この熟練工は自己の態度を語る思想に次から次へと奉仕する画家となっている。思想に奉仕する画家として、ルオーと共有する絵画観をもち、近代美術史のなかでルオーに似た位置を占めている。(p.93)
 余談ですが、土方氏は鉄斎を"近代日本美術から隔絶しながら世界的に高い評価を受ける"と紹介した後で、それにつづくは小川芋銭であると述べられています。嬉しいなあ、私も芋銭が大好きなので、満腔の意を込めて賛同します。牛久のアトリエ雲魚亭銚子の句碑を拙ブログに掲載してあるのでご笑覧ください。阪急芦屋川駅から西宮北口まで行き、今津線に乗り換えて宝塚へ、ここでまた宝塚線に乗り換えて清荒神(きよしこうじん)で下車。この間、四十分ほどかかりました。あらかじめ調べておいたところによると、清荒神は「荒神さん」と呼び慣わされ、かまど神の一種として、ここで受け取ったお札を台所の神棚に祀るなどの信仰が根付いているそうです。また先々代法主の光浄和上が、当時名物といえば歌劇しかなかった宝塚に、宗教と芸術文化を通じて多くの人々の心に平和と安らぎを与えたいと、富岡鉄斎翁との機縁によりその作品を蒐集、それが美術館として公開されています。当山のホームページによると駅から徒歩二十分、これからのこんこんに詰まった予定を考えると、バスかタクシーを利用したいのですが、駅前には"ば"の字も"た"の字もありません。右往左往していると、参道入口というアーケードがありました。しょうがない、覚悟を決めて歩を進めると、緩やかで狭い坂道はご利益を求めて参拝する善男善女で満ち溢れ、参拝客めあての店舗や屋台がこれでもかこれでもかと櫛比しています。
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 店先に並ぶ怪しげな商品、飛び交う大阪弁、エネルギッシュでキッチュな雰囲気を楽しみながら歩いていくと、「おかめロウソク」の愛くるしいホーロー看板を発見。その先には「神戸牛ステーキ」を売る屋台がありました。おなかもへったし、ここはいっちょ食べてくかと思いましたが、いや待て待て、どう考えても胡散臭い。あまりの不味さに文句を言ったら「おいちゃん、へんないいがかりつけんといて、これは"かみとぎゅう"と読むんやで」と言い返されそうだな、やめとこう。
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 広い駐車場はほぼ満車状態、なるほど、バスやタクシーでここまで来るのは無謀な行為だなと納得。歩いてきてよかった。ふと見ると、日曜・祝日のみ、一日六本、宝塚駅へのバスが運行されています。下山する際の渋滞はそれほどひどくないだろうし、宝塚まで直行できれば時間のロスも減らせます。幸い、美術館を見学してここに戻る頃にちょうど出発する便がありました。ありがたい、ありがたい、蟻が鯛なら、芋虫ゃ鯨。よろし、これを利用することにしましょう。
by sabasaba13 | 2011-02-28 06:15 | 近畿 | Comments(0)
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