奈良編(5):修二会(10.3)

 そして古い町並みが残る押上をすこし歩くと、転害(てがい)門に到着です。すると山ノ神が私の袖をちょいちょいと引っ張ります。「二月堂がファイヤーしてる」 ??? 彼女が指さす路上の観光地図の二月堂を見ると、たしかに猛火が噴き出しています。その意気や良し、期待はいやがうえにも高まります。それにしても山ノ神の炯眼にもだいぶ磨きがかかってきました、恐れ入谷の鬼子母神です。
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 さてこの転害門、天平の創建当初からの貴重な遺構で、南大門にくらべ地味な佇まいながらも質朴で豪壮な組物や節くれだった柱など、長い歴史を感じさせてくれる物件です。野良猫が傷つけるので餌をやらないでほしいという貼り紙がありましたが、いたしかたない処置でしょうね。猫ファンとしてはちょっと悲しいですが。
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 門の脇を抜けて境内に入ると、何気ない普通の民家が数軒建ち並んでいます。昔は、寺院自体が巨大な商工業都市であり、町と一体化していたという証左でしょう。伊藤正敏氏が「寺社勢力の中世」の中で“境内都市”と呼んでいたものですね。その前にある塀ぞいには、鹿たちがくつろいでいました。
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 どんつきを右折すると大仏池があり、大仏殿や木々を水面に映すピクチャレスクな情景にお目にかかれました。どんつきを左折すると大仏殿の裏手、そして直進すれば瓦を幾重にも練りこんだしぶい土塀と石塀にはさまれた石畳の雅趣あふれる小道を抜け二月堂に到着…するはずです。時刻は午後六時少し前、お松明がはじまるまで一時間強、二月堂方向に向かう人もまばらで、これは楽勝だなと思いきや…前方には金剛力士像のように手をふりかざす警備員が待ち構えていて、連呼しています。「この道を行ってももう二月堂にはたどりつけません、満員でえす!」 おぅまいがっ、甘かった。みなさんもうすでに二月堂に押し寄せていたのですね。大仏殿の脇を通り、石段をのぼり、鐘楼を抜けて進んでくださいと指示されたので、そのように従うと四方八方から湧いて出たように見物客が合流してきます。二月堂近辺は押すな押すなの大混雑、人間としての節度と品格を失わない範囲でできるだけ前に進みますが、やがて流氷に取り囲まれた砕氷船のように身動きがとれなくなりました。二月堂の右手、四つの四つの石灯籠と巨木がやや視界を遮りますが、回廊を見ることはできます。やれやれこれが限界のようです、ここで一時間待つことにしましょう、やれやれ。すると山ノ神が小声で「ちょっと右に寄って」と囁きかけます。なぜ? 後ろを見ると、車椅子に乗った年配の女性が悲しそうに上を見上げていました。了解、二人して左右に分かれると、「ああ見えましたわ」と喜んでくれました。実は彼女を見初めたのは、鯉の餌やりではなく、こういう気配りと優しさのためです。のろけのろけ 冗談はさておき、オイル・サーディンの缶詰あるいは亀の煮凝り状態で一時間ほど待つはめとなりました。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2011-04-01 06:19 | 近畿 | Comments(0)
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