奈良編(9):山の辺の道(10.3)

 そして狭井(さい)神社に到着。大神神社の摂社で、神体はやはり三輪山。桧皮葺のしぶい拝殿が印象的です。なお三輪山への唯一の登山道はここの境内にあります。
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 未舗装の道をしばらく走ると、桧原神社に着きました。こちらも大神神社の摂社で、神体は三輪山。格子のついた三ツ鳥居が珍しいですね。なおこちらからは、奈良盆地や二上山を遠望することができました。
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 その先には無人販売所、みかんやぽんかんなど柑橘類を中心に売られていました。山ノ神が目敏く見つけたのが素麺の「ふし」、素麺を棒にかけて天日干しして切った後、棒に残ったU字状のきれはしです。もちろん味は変わらないのに見た目が悪いだけで格安のお値段、さっそく購入しました。その近くにはきれいな公衆便所、他のところでも要所要所に清潔なトイレが整備されていました。
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 このあたりの景観は素晴らしいですね、山裾を行く野の道、たわわに実る柑橘類、散りかけの梅と早咲きの桜、落ち着いた佇まいの集落、そして遠くには奈良盆地を眺めることができます。柔かい日差しに、心ぬくもる空気、そして咲き誇らんとスターティング・グリッドで今か今かと待ち構えている花々、もう春がいっぱいです。
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 舗装道路に出ると、猫が店番をしている無人販売所がありました。いたたまれなくなった山ノ神はぽんかんを購入。脇道に入り、自転車を押しながらのぼっていくと、甍の波ごしに奈良盆地と連山を遠望できます。
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 そして今では小山にしか見えない全長300m、全国で七番目に大きいという前方後円墳・景行天皇陵、全長240mの前方後円墳・崇仁天皇陵のそばを軽快に走り抜けていきました。
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 それにしてもこのお二方は歴史上実在していたのかしらん。両古墳を発掘調査すれば、なんらかのヒントは得られるのかと思いますが、天皇陵として比定されている以上それは無理でしょうね。ある学者が「日本の国土において考古学による科学のメスを加えることのできない遺跡と地域が、天皇陵と米軍基地である」と言っておられました。天皇と米軍、この二つの巨大なタブーが互いに抱きしめ合いながら敗戦後の日本を動かしてきたような気がします。
 春色にあふれた野の道をしばらく走っていると、大和三山のうち耳成山と香久山を遠望できる格好のポイントに出会えました。このあたりで眺望がよくトイレもある休憩所があったので一休み、大和の里の景観を楽しみながら、さきほど山ノ神が購入したぽんかんをいただきました。
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 ここからすこし走ると、板張り・白壁の民家・蔵を、静かな水面が映す萱生環濠集落に到着です。南北朝から戦国時代にかけて、自衛のために用水路を兼ねた水濠を集落の周囲にはりめぐらせたのですね。完全な形で残っていないのは致し方ないところでしょう。一向一揆の地域拠点であった寺内町で典型的に見られますが、ここはどうだったのでしょう。解説板がほしいところです。
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 その先にも、環濠の一部が残る竹之内集落がありました。
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 すこし走ると、板壁や板塀、白い漆喰塗の土蔵などが残るしっとりとした雰囲気の界隈に出会えました。その地域がうみだす素材を使った建物はいいものですね、やはり自然な在り様が一番です。
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 本日の六枚です。
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by sabasaba13 | 2011-04-07 06:24 | 近畿 | Comments(0)
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