熊野古道編(4):紀伊田辺(10.3)

 3月下旬の金曜日、満を持して熊野へと出立。早割でおさえておいた羽田発13:50のANA3825便に、期待と不安で小さな胸をふるわせながら乗り込みました。航空業界については詳しくないのですが、「スターフライヤー」という航空会社の、黒を基調とした精悍な飛行機でした。紀伊半島の上空あたりでは、果てなく連なり重なる紀伊山地の山々を眼下に見ることができました。数日後に、私の骸があの峰のどこかに…いかんいかん、aggressiveな気持ちを忘れずに。
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 ほぼ定刻の15:05に関西空港に到着。ターミナルに隣接する駅へと駆け込み、関西空港線関空快速(京橋行)に飛び乗って、15:38に日根野に到着。そして15:46、入線したスーパーくろしお21号(新宮行)に乗り込みました。幸い、自由席の進行方向右側、海が見える席に座ることができました。陽光に輝く青い大海原に見惚れながら、この好天があと五日、いやせめて四日続いてくれることを心から祈りました。
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 そして17:08に紀伊田辺に到着。私にとっては二度目の来訪です。三度目は…いかんいかん、前向きに前向きに。とりあえず駅近くのビジネスホテル「パール」にチェックインし、荷物を部屋に置いて、田辺散策へとくりだしました。まずは駅近くにあるバス案内所で時刻表をいただき、明日早朝の滝尻行きのバスを確認。午前六時五十分発のバスに乗ることにしました。駅前にある観光案内所はすでに閉店、しょうがない、駅に置いてあったグルメマップをもらい、駅の観光案内地図を撮影して、南方熊楠旧居と闘鶏神社(熊楠の奥さんはこちらの宮司の娘さん)を再訪することにしました。なお田辺駅には、電動アシスト自転車のレンタルがあります。もちろんもう午後五時をまわっているので借りることはできませんでしたが。駅前には「田邊乃三人」という看板があり、郷土の誇りということでしょう、武蔵坊弁慶・南方熊楠・そして合気道の創始者である植芝盛平の似顔絵が描いてありました。付近には、植芝盛平の記念碑と弁慶の銅像もあります。なお弁慶は熊野の別当、湛増の子としてここ田辺に生まれたと記してありました。終焉の地、平泉と姉妹都市盟約を締結しているという碑があるのも、宜なるかな。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2011-04-17 07:20 | 近畿 | Comments(0)
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