熊野古道編(7):滝尻王子(10.3)

 翌日、目を覚ましカーテンを開けると薄日がさしこんできました。午後か夕方には大荒れの天気になると予報なので、気を引き締めましょう。おにぎり・ゆで卵・味噌汁をありがたく頂戴して着替え、フロントで丁重にお礼を言って出立。駅前にあった自動販売機でミネラルウォーターのペットボトルを二本購入し、デイバックの両サイドについているホルダーに押しこみました。そして6:50発の明光バスに乗り込みました。乗客は私を入れて二人、お約束どおりお誕生日席(左側最前列)に陣取って、フロントガラスを流れゆく風景を楽しむことにしましょう。なんということもない町並みの中をしばらく走ると、やがて遠方に畳々と連なる山なみが見えてきました。嗚呼あそこが私の青山か…いかんいかん、aggressiveにaggressiveに。じょじょに山なみは近づき、川沿いの道路に入ると、もう眼前に迫ってきます。
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 そして7:29に滝尻のバス停に到着。川沿いの桜はもう八分咲きでした。富田川にかかる橋を渡ると、右手には熊野古道館という観光案内所+休憩施設がありますが、開館は午前九時。左手には「みずもと」というお店がもう開いており、お土産等を売っていました。トイレも拝借できそうな感じです。
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 そのすぐ隣に鎮座するのが滝尻王子、王子の中でも格の高い五躰王子(他は藤代王子・切目王子・稲葉根王子・発心門王子)の一つです。とはいっても小さな祠があるだけでしたが。
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 さて、この王子(たくさんあるので九十九[くじゅうくorつくも]王子とも呼ばれますが)とは何ぞや。参詣者を守護する熊野権現の御子神とか、道標とか、道中の安全を祈願する神祠とか、寝所とか、諸説ありますが、ここは小山靖憲氏の説を紹介しておきます。(「熊野古道」p.100) 氏によると、王子の原型は、古い民俗に根ざした樹叢信仰にもとづく叢祠や、旅人が道中の安全を祈願する坂や峠の手向けの神であるということです。その中で、修験道の行場であったものが、院政期の熊野詣を主導した園城寺・聖護院系山伏によって王子とされたと述べられています。なお氏は熊野という地名について、「熊」の原義は「隈」で"奥まったところ"、「野」は"未開地"、つまり熊野とは「都から奥まったところにある未開地」を意味すると解説されています。ご参考までに。「隠国・こもりく」→「隠野・こもりの(黄泉に通じる国)」→「くまの」と転化したという説も流布していますが、どうも熊野を "死"というイメージとむりやり結びつける牽強付会のような気がしていたので(なぜ"こもりの"が"くまの"に転訛するのだろふ???)、未開地説はすとんと腑に落ちました。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2011-04-20 06:18 | 近畿 | Comments(0)
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