熊野古道編(21):三越峠(10.3)

 水分を補給し紫煙をくゆらせながら一休み、さああと…いくつ頑張ればいいのだろう… ま、先を考えることはやめて、小さなことからコツコツといきましょう。下り坂を慎重に十分ほどおりていくと、「王子製紙所有林 面積四一五H」という看板がありました。そうか、王子製紙発祥の地はここ熊野の岩神王子…なわけはないですね。東京都北区王子です。このあたりから緩やかな下りとなり、渓流に沿った道が続きます。
c0051620_6152516.jpg

 気になるのは、伐採されたらしき杉の丸太が、山の斜面や川に乱雑に折り重なっていることです。間引きをした後、そのまま放置してしまったのでしょうか。
c0051620_6155730.jpg

 しばらく歩くと「おぎん地蔵」がありました。1816(文化13)年、京都の芸者おぎんが、道湯川にいる恋人に会おうとここまでやってきて、追いはぎに襲われて殺されたそうです。ご冥福を祈りましょう。
c0051620_6162617.jpg

 一里塚跡を通り過ぎ、渓流に沿った道をまだまだ歩き続けます。川にかかる小さな橋を渡りましたが、実はこの近くの蛇形地蔵があることが後ほど判明しました。どうやら見落としてしまったようです。そして湯川王子に到着、ここいらで一休みすることにしました。目の前には二本の杉が至近に並び生えており、風によって幹がこすれあう音が微かに聞こえてきます。そして「皇太子殿下行幸の地」「平成四年五月二十七日」という記念碑。そうか、いやに道や道標がよく整備されているなと思っていましたが、皇太子が来たからなのか、いやほんとのところは知りませんけれど。なおここには「湯川一族の墓」という看板がありましたが、詳細は不明。解説板がほしいところです。
c0051620_6165529.jpg

 さあいよいよ最後の峠、三越(みこし)峠に向けて出立です。「九十九折りの急坂」とコピー&ペースト、もう何回この表現を使ったことでしょう。連れの方との会話をする余裕もなく、黙々とのぼりつづけること二十数分ほどで峠に到着です。
c0051620_6172586.jpg

 舗装された道路が走っているのにはちょっと驚き、せっかく日頃から手塩にかけた二本の足でせっせせっせとのぼってきたのに車でつーいとやってくることもできるのか。ま、いいや、休憩所があるのでここで昼食をとりましょう。出発してから約五時間半で、ここ三越峠に到着しました。とりあえず本日の難所はクリアしたかなと、安堵の溜息とともにめはりずしを頬張る二人。そうそう、大事なことを告白しなければ。ご飯を三粒、地面の落とすのを忘れてしまいました。餓鬼のみなさん、御免なさい。なおこちらには、ちょっと汚いですがトイレがありました。
c0051620_6175474.jpg

 さあそれでは出発、樹齢の若い杉林の間を縫う下り坂を、足を滑らせぬよう慎重におりていきます。やがて道は平坦となり、音無川に沿う歩きやすい遊歩道となりました。
c0051620_6181881.jpg

 途中にあったのが赤木越の分岐点、ここを右折すると湯の峰温泉に至るのですね。「熊野古道」(小山靖憲 岩波新書665)によると、近世の西国巡礼では、もっぱらこの道を利用したそうです。ここのすぐ近くにあるのが船玉神社、神が船を思いついて、はじめて船をつくった場所と伝えられているそうです。
c0051620_6184339.jpg


 本日の五枚です。
c0051620_6191296.jpg

c0051620_6193351.jpg

c0051620_6195770.jpg

c0051620_6202012.jpg

c0051620_6204810.jpg

by sabasaba13 | 2011-05-12 06:21 | 近畿 | Comments(0)
<< 熊野古道編(22):発心門王子... 熊野古道編(20):岩神峠(1... >>