熊野古道編(45):(10.3)

 というわけで、畢生の大作、いやそれはnext one だな、人生中期の駄作の森の一つ、熊野古道編、一巻の終わりです。中辺路を踏破できたことで、夢の一つが叶えられたし、また何の根拠もない自信も得ることができたし、四日間歩き続けるというはじめての経験も今となっては楽しいものでした。世界遺産だの、死の国だの、隠国(こもりく)だのと、あまり熊野を仰々しく持ち上げず、ただ昔の人がたくさん歩いた跡やその思いの縁がいっぱい残る、ちょっとスリリングで楽しいハイキングコースと捉えたほうがいいような気がします。「熊野古道」(岩波新書665)の中でも、小山靖憲氏は次のように語られていました。
 二〇年以上にわたって歩いてきた経験をふまえて、熊野の印象を述べると、熊野は温暖で、たいへん明るいところである。また、熊野に行くと、その間だけは世俗の雑事を忘れて心身がリフレッシュされる気になる。ところが、熊野について書かれた書物をひもとくと、熊野を暗いイメージでとらえているものが少なくない。古道を歩いて暗いと感じるのは、新たに杉や檜を植林した人工林の道であって、古来の自然林の道は明るく快適なのである。熊野を暗いイメージでとらえる典型は、熊野を「隠国(こもりく)」ないし「死の国」とみる説であろう。この説の難点は、記紀神話の一挿話が現代まで生きているとみなしたり、那智にだけみられる習俗を熊野全体に拡大してしまうことにあるが、本書ではあえて言及しなかった。それは、学問的な論争をする場としてふさわしくないと考えたからであり、このような説の当否は、さしあたり読者の判断にゆだねたいと思う。(p.205)
 なお本書の中で小山氏は、高野山と熊野本宮を結ぶ小辺路はかなり長い距離の古道が良好な状態で残っており、熊野参詣道の中で最高と絶賛される方もいると述べられています。むずむず ああすぐにでも行きたくなってきた。高野山福智院で重森三玲作の庭を見て、熊野本宮まで小辺路を歩き、熊野川を舟で下って新宮まで行き、帰りに丸山千枚田に寄る。なんだなんだもう計画の骨子ができてしまった。それを実現させるチャンスを虎視眈々とねらいましょう。

 最後になりますが、「DAYS JAPAN」の2010年4月号p.54に、芝地ヒロシによる下記の一文があったことを紹介して筆を置きます。森の力を削ぎ、森を殺して、古道の整備を行う。その爪痕も今回、目にしてきました。
 世界遺産に登録されて、「古道」はにわかに整備され始めたが、植林のための林道に寸断されている場所もある。その周辺の山々では、多くの生き物が生息する雑木林が、植林のために伐採されている。杉や檜などは植えられたものの、一部ではあるが十分な手入れがなされず、森本来の力が機能できないまま中断されているところもある。
 また、一見きれいに整備されてはいるが、産業廃棄物の埋め立て地がところどころに点在する。雑木林を犠牲にして埋め立てられたその土地では、森の力がそがれてしまっている。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2011-06-11 08:36 | 近畿 | Comments(0)
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