「茶色の朝」

 「茶色の朝」(フランク・パヴロフ:物語 ヴィンセント・ギャロ:絵 大月書店)読了。全体主義がヒタヒタとにじみよる様子を描いたアンチ・ユートピア小説です。とはいっても数分で読めてしまう掌編。ジョージ・オーウェルの「1984年」やオルダス・ハックスリーの「すばらしい新世界」が鉄槌だとすれば、棘のようにチクリと心を刺してその小さな疼きがずっと残るという感じの小説です。茶色党が支配するある国で、茶色以外の猫や犬を飼うことが禁止される。やがて党が指定したもの以外の新聞や本も消されていく。そして以前に茶色以外の猫や犬を飼っていた者が拘束され、夜の霧のようにいなくなっていく、というシンプルなあらすじです。主人公は、「科学者が言っているから」「法律だから」「感傷的になっても仕方がない」「まわりからよく思われていさえすれば、放っておいてもらえる」「街の流れに逆らわないでいさえすれば、安心が得られて、面倒にまきこまれることもなく、生活も簡単になるかのようだった」「茶色に守られた安心、それも悪くない」「俺には仕事があるし、毎日やらなきゃならないこまごましたことも多い」と呟きながら、こうした事態を傍観していきます。そして茶色の朝早く、以前白に黒のぶちの猫を飼っていた彼の家のドアを誰かがたたきます。彼はこう言います、「いま行くから」
 不安から逃れ安心を得るために、“党”の決めた思考・行動パターンを受け入れ、周囲の人々と一体化し、異物を排除していく。政府やマスコミがやたらと不安を叫びたてる昨今の状況がよく理解できます。時々姿を現す駅の警官や、透明なゴミ箱も、「常に不安を忘れるな」というメッセージなのでしょうね。やみくもに安心を求めさせることによって、簡単に人々をコントロールできる… 本当の不安と偽の不安を冷静に見極める習慣をつけたいですね。
 この本は、1998年のフランス統一地方選挙でジャン=マリー・ルペンひきいる極右政党が躍進した時に、著者が危機感を抱き、印税を放棄して1ユーロで出版したものです。2002年の大統領選挙の決選投票で、ルペンがシラクと一騎打ちすることになった時に、ベストセラーになったとのこと。結果はシラクの勝利に終わったわけですが、この本が投票行動に影響を与えた可能性は大いにありますね。本は世界を変えることができると信じたい。
 それにしても、日頃、全体主義に反対する集会などに参加しない自分の言い訳をつきつけられたようで、心が疼きます。

 気分転換に、ロゴ画像をかえました。これまで使用してきたのは大分県にある臼杵の石仏です。さて、この男性は誰でしょう?
by sabasaba13 | 2005-05-01 09:09 | | Comments(0)
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