広上淳一頌

広上淳一頌_c0051620_6192930.jpg 近代美術館でパウル・クレーの絵を堪能し、それではサントリーホールへと向かいましょう。現地で山ノ神と待ち合わせ、ほんとはタモリ曰く「ぎろっぽんでぶしゃぶしゃ」と洒落こみたいところですが、時間もないので各自で軽食を済ませておくことにしました。サンドイッチを買ってホール前でむしゃぶりついていると、彼女も合流。演奏中に腹の虫が鳴かない程度に食して入場。第九を聴いて以来大ファンとなった広上淳一氏指揮の日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会で、プログラムはハイドンの交響曲第60番《うつけ者》、ヒンデミットの交響曲《画家マティス》、そしてリヒャルト・シュトラウスの組曲《薔薇の騎士》という、ちょっと風変わりなものです。共通点はドイツの音楽であること、そして劇・オペラと関係した曲であること。氏はドイツ音楽の本質を、劇と密接に関連したものとして捉えておられるのかもしれません。
 さあはじまりはじまり。まずはハイドンの交響曲《うつけ者》、レニャールによる同名の戯曲の付随音楽を作曲するよう、エステルハージ公に命じられて作ったそうです。交響曲としては珍しい六楽章構成で、曲全体がスラップスティックのように賑やかで溌剌とした曲でした。もう冒頭から広上氏のパワーが炸裂、式台の上を縦横無尽に動き回り、体全体の動きで曲調を表現して団員に伝え(そのためか指揮者の譜面台が低くセットされています)、時には溢れんばかりの思いをトリッキーな動作で表現します(ex.跳躍、正拳、空手チョップ)。邪道だと嗤わば嗤え、「わたしゃこの音楽が大好きだあ、それをみんなに聴いてほしいんだあ」という思いを鈴木孝政の直球のように(古いなあ)ビシビシと愚直に真摯に投げ込んでくるその姿勢、大好きです。第六楽章ではわざと調弦を狂わせておいたコンサート・ミストレスが演奏を中断させてチューニングをし直すというハイドンの演出(!)を、ユーモアたっぷりに演じていました。残念ながら満席には程遠い客席でしたが、腕も折れよといわんばかりの力強くあたたかい拍手がホールをすこし揺るがしました。
 そしてヒンデミットの交響曲《画家マティス》。フォーヴィズムの画家アンリ・マティスではなく、16世紀に活躍したマティアス・グリューネヴァルト(1474頃~1528)のことですね。パンフレットによると、貴族のために絵を描くことを放棄し、農民とともにその貴族の圧政に立ち向かう道を選ぶ主人公を描いた歌劇の姉妹作とあります。なお『週刊グレート・アーティスト』(同朋舎出版)によると、そうした事実はないようです。宮廷画家として成功しますが、宗教改革の中でプロテスタンティズムに専心して公的支持を失い、ペストに苦しむ貧民として死んだ、とありました。同書によると彼の絵は、残酷なリアリズム、幻想的な力、そして明るく輝くような色彩を特徴とした宗教画。ミュンヘンのアルテ・ピナコテークで拝見したことがありますが、何といっても代表作は「イーゼンハイム祭壇画」(ウンターリンデン美術館蔵)。それはさておき、その内容によるものか作風によるものかは諸説ありますが、この歌劇はナチスによって上演を禁止され、彼はアメリカへの亡命を余儀なくされます。この時に、フルトヴェングラーが彼を擁護する論陣を張ったことも付記しておきましょう。さあ始まりです。さきほどのハイドンの軽妙洒脱さとはうってかわって、リーメンシュナイダーの木彫作品のような剛毅木訥とした印象の曲でした。無調と不協和音と変拍子を基調に、時には安らかに、時には不安げに曲は進み、第三楽章ではスペクタクルな音の炸裂となって終焉します。それを丁寧に読み解くように誠実にタクトを振る広上氏もさることながら、この複雑な曲を見事に奏で切った日本フィルの技量も称賛したいと思います。
 そして休憩をはさんで、いよいよメインディッシュのリヒャルト・シュトラウスの組曲《薔薇の騎士》です。同名のオペラを演奏会用に編曲したものですが、彼自身の手によるものではないそうです。実はこの曲、聴き流したことはあるのですが、こうしてきちんと向かい合って真剣に聴いたのははじめてです。いやあもうノックアウトされましたね、なんて凄い曲だ。千変万化するお花畑のような和音、官能的で蠱惑的な旋律、あらためてR.シュトラウスの楽才に頭を垂れましょう。そしてその魅力を十全に引き出した広上氏のタクトと日本フィルの熱演。中でも圧巻はワルツ、指揮者とオーケストラが一体となって融通無碍にゆらめくtempo rubatoには身も心もとろけてしまいそうでした。「時間よ止まれ、この時が永遠に続くように」という願いも虚しく、フィナーレ。そして万雷の拍手。湘北高校バスケ部のように技術・気力・体力すべてを舞台に投げ出したのでしょう、アンコールもなく数回のカーテンコールの後、みなさん静かに袖へと去っていきました。
 うーん、あらためて広上淳一氏に惚れ直してしまいました。これからも贔屓にさせていただきます。
by sabasaba13 | 2011-07-12 06:20 | 音楽 | Comments(0)
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