「こどもの情景」

「こどもの情景」_c0051620_6162387.jpg 先日の日曜日、山ノ神と「こどもの情景-戦争とこどもたち」を東京都写真美術館で見てきました。年間を通じたテーマを設定して、収蔵作品約2万6000点の中から選んだ作品を展示するコレクション展だそうです。JR恵比寿駅から動く歩道に乗って数分で恵比寿ガーデンプレイスに到着、その一画にあるのが写真美術館。入場券を購入しようとすると、「ジョセフ・クーデルカ プラハ1968」という展覧会も同時開催されていました。おおこちらも面白そうだ、後で拝見することにしましょう。入口で私たちを出迎えてくれたのが、ユージン・スミスの『楽園への歩み』、私たちの大好きな一枚です。暗い森の中から光あふれる空間へと歩み出す二人のこどもの後ろ姿。"希望"というものを完璧に具現化した見事な写真です。周知のように彼はチッソが引き起こした水俣病の実態を写真に撮り、世界にその悲劇を伝えた写真家です。不学にも、今ウィキペディアで調べて初めて知ったのですが、1972年1月、千葉県のチッソ五井工場を訪問した際に、交渉に来た患者や新聞記者たち約20名が会社側の雇った暴力団員に取り囲まれ、暴行を受ける事件が発生しました。その時にスミスもカメラを壊された上、脊椎を折られ片目失明の重傷を負ったそうです。なお当時のチッソ会長は江頭豊、皇太子妃の母方の祖父にあたる方ですね。子どもに希望を見出し、子どもを救うために戦い、そして子どもを脅かす禍々しい存在に危害を加えられた写真家、この展覧会の冒頭を飾るにふさわしい方です。
 そして1930年代から時代を追って、戦争とともに生きた子どもたちの写真が展示されていきます。コレクション不足のためか、子どもたちの日常生活を撮影した写真も多々ありましたが、もちろん大きな瑕疵ではありません。ロバート・キャパ、ユージン・スミス、アンリ・カルティエ=ブレッソン、土門拳、木村伊兵衛、岡村昭彦、沢田教一といったビッグネームの写真もさることながら、私の知らなかった写真家たちの素晴らしい写真にも出会うことができました。サイパン、学童疎開、日系アメリカ人収容所、長崎、戦災孤児、そしてベトナム。傷つき、怯え、悲しみ、笑い、必死に生きようとする子どもたちの姿に胸を打たれます。戦争というものが、社会の中で最も繊細で弱い存在=子どもたちをいかに害することか、"子どもを救え"という写真家たちの声にならない叫びが聞こえてくるようでした。ただ、多くの子どもたちの命が奪われる一方で、また多くの子どもたちが生き延び、"希望"というバトンを私たちにつなげてくれたことが救いです。"私たちは子どものケアは単なる片手間の仕事ではなく、つまずきながら進む人類が立ち直るための唯一の必須の道であることを理解しなければならない"というエルネスト・サバト氏の言葉を胸に刻みましょう。そう考えると、福島の原発事故がいかにおぞましい事態かがあらためて分かりました。放射能に対して脆弱な子どもたちの体が蝕まれた結果、数十年後にいったいどんな事態が起こるのか。おそらく誰も予測はできないでしょう。ただ子どもたちや大人たちの"希望"がまるごと奪われてしまう事態が起こらないよう祈るのみです。とともに、私たちの喫緊の責務は、できうる限り子どもたちの外部被曝・内部被曝を防ぐよう最大最善の努力をすること。"子どもを救え"、あらゆる意見の違いを超えて、私たちが唱えなければならぬ合言葉のはずです。ただ絶望しそうになるのは、政治家・官僚・電力会社諸氏、メディア、多くの国民からその言葉が聞こえてこないこと。そして二度とこのような事態が起こらぬよう、責任者を徹底的に追及すること。原発建設を推し進めてきた自民党・公明党・民主党の政治家、官僚、電力会社、原発建設で利益を得た企業、広告費欲しさに批判を封じてきたメディア、研究費欲しさに協力した学者、原発訴訟をことごとく葬ってきた裁判官、そしてまるで原発などないかのように安穏に暮してきた国民。それこそ正力松太郎・田中角栄・中曾根康弘からはじめて、原発をめぐる利権の構造を白日のもとに晒すこと、そしてその利権に群がってきた輩を、足腰が立たぬほど落とし前をつけさせること。
 子どもたちのたくましい姿に心打たれ、そしていろいろなことを考えさせてくれた素晴らしい展覧会でした。なお7/16~9/19に第二部「こどもを撮る技術」、9/24~12/4に第三部「原風景を求めて」が開催されます。また来ようかな。

 なお購入したカタログの冒頭に、福原義春館長の次のような言葉がありました。"開館後も毎年の作品購入は続けられたが、いわゆるバブル後の東京都の財政危機によって1999年から2005年まで収蔵予算は凍結された" また偶然とは面白いもので、持参して電車の中で読んでいた『大日本「健康」帝国』(林信彦・葛岡智恭 平凡社新書481)の中に次のような記述がありました。"しかも東京都の場合、給付抑制のために介護認定の裏マニュアルが作成され、担当部署に配布されていたことが明るみに出ている" (p.174) また知人によると、東京都教育委員会は公立学校すべてにおける放射能測定をしていないそうです。その一方で2016年のオリンピック開催地に性懲りもなく立候補した石原強制収容所所長。もう溜息も出ませんね。芸術や福祉に関連する予算を削り、子どもたちの将来を一顧だにせず、国威発揚のためのオリンピック誘致に狂奔する東京都。そこには"希望"の"き"の字も見出せません。こういう御仁に一票を入れて四選を許した多くの方々の思いがよくわかりません。
by sabasaba13 | 2011-07-13 06:17 | 美術 | Comments(0)
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