天浜鉄道・中津川編(4):二俣(10.7)

 建物にも絵にも大満足した至福のひと時でしたが、そろそろ二俣の街へとまいりましょう。受付で「渡河」のクリア・ファイルを購入して外へ出て、坂を下りて二俣大橋を渡ると、もうそこが二俣の町並みです。
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 まずは連続する縦長の窓とスクラッチタイルが印象的な旧二俣町庁舎へ、現在は「本田宗一郎ものづくり伝承館」として再利用されています。ウィキペディアで調べてみると、彼の出身は静岡県磐田郡光明村、地理的に近いということでつくられたのでしょうか。なお彼の名文句が掲載されていたので紹介します。「社長なんて偉くも何ともない。課長、部長、包丁、盲腸と同じだ。要するに命令系統をはっきりさせる記号に過ぎない」「チャレンジしての失敗を恐れるな。何もしないことを恐れろ」「石橋だと分かれば叩かずに、どんどん渡っちゃう」「私が手がけた事業のうち99%は失敗だった。1%の成功のおかげで今の私がある」「人には失敗する権利がある。だがしかし、それには反省と言う義務が付く」
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 クローバー通りに行くと、戦前の建物が目白押し。まずは二俣医院と蔵。1916(大正5)年に建てられ、下見板張り、車寄せとその上部にあるバルコニーが洒落た洋館です。陣屋は、木造三階建ての威風堂々とした旅館建築。
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 米徳商店のファサードは、オーシャン・ウィスキーのオーク樽を加工した板が張られているそうです。金丸塗装店は、無装飾でアンシンメトリックなファサードがまるで現代抽象美術のよう。神谷時計店は、中央にそびえたつ時計台と、瀟洒な窓の桟の意匠が素敵な建物です。鎌田屋商店の前には、まるで現代彫刻のような昭和初期のガソリン計量器が置いてありました。
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 というわけで、ここ二俣は穴場でしたね、思いがけない邂逅に感謝したいと思います。なお信長に切腹を命じられた徳川信康(家康の嫡子)の墓や、二俣城址や、陸軍中野学校二俣分校碑もありますが、時間の関係上見ることはできませんでした。

 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2011-07-24 07:08 | 中部 | Comments(0)
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